第一話

笑い声がする。

小さな女の子の、あどけない笑い声が。

『待って、こうた!』

僕の名前を呼ぶ女の子。
見知らぬ場所。
和風な造りの、巨大な建造物。
いくつもの襖や障子に、長い長い板張りの廊下。

場面が変わり、畳み張りの部屋。
四角い大きな座卓の上に、いくつも散らばる色とりどりの大小さまざまなビー玉。
僕は、誰かと一緒に、ビー玉を弾いて遊んでいた。

『あぁ!私が狙ってたのに…』

悔しそうな、悲しそうな、そのどっちもを含んでいそうな表情で、僕を見る女の子。
その子の頭に、何か大きな、角のような…

「こーくん!起きなさい!」
「うわぁ!」

聞きなれた声と、体を揺さぶられる感覚で意識が覚醒した。
眩しい朝日に顔をしかめながら声の主を探すと、布団の脇から僕の顔を覗き込んでいた静流(しずる)さんと目が合った。

「おはよう、こーくん。明日もお家に行くって言っておいたのに、なーんでまだ寝てるのかなぁ?」

うっすらと微笑みを浮かべながら、眉を吊り上げて僕を見下ろす静流さん。真っ白な肌と同じく、きれいな白い髪が揺れ、かすかにいい匂いがした。

「お、おはようございます、静流さん。来るのはちゃんと覚えてたんですけど、朝から来るとは聞いてなくて…」
「屁理屈言ってないでっ、さっさとおきなさーい!」
「おわぁ!?」

目を反らしながらもごもごと言い訳をする僕に、ふんと鼻から息を吐いた静流さんは、僕が寝ている敷布団の端を掴んで勢いよく引っ張り上げた。
寝苦しくて体からどけていた毛布を巻き込みながら、僕の体は床に転がることになった。

「痛い…」
「これで目も覚めるでしょ。顔洗ってきなさいな。夏休みに入った途端にダラけるなんて、お姉ちゃんが許しません。それと、さん付けはやめて。」

てきぱきと敷布団をたたみ、長い蛇身で枕と毛布を回収しながら、静流さんはきっぱりと言い切った。

「うぅ、はいはい。」
「『はい』は一回!」
「はーい。」
「まったくもう―」

反動をつけて起き上がり、洗面所へと歩き出す僕に向けて、どこか嬉しそうな微笑を浮かべた静流さんが、聞きなれた言葉を口に出す。

「―こーくんは、お姉ちゃんが居ないとすぐダメになっちゃうんだから。」





六歳の頃、僕はこの街の海沿いの家から、今住んでいる山の上の家に引っ越してきた。
引っ越したと言っても、家の場所が変わっただけで、通っていた学校も変わらず、生活に大きな変化はなかった。
ただ、引っ越してすぐに、この山にある、龍を祀る神社で巫女見習いをしていた白蛇の静流さんと出会い、どういう流れか静流さんが僕の世話係をすることになった。
今でも不思議だが、美人でおっとりしていた龍神の翡翠(ひすい)さんと、僕の両親が直々に面会し、挨拶を交わしていたことを覚えている。
そんな出会いから10年経った今でも、静流さんは毎日のように僕の家にやってきて、色々と身の回りの世話を焼いてくれている。
そのせいかは知らないが、静流さんはものすごく美人なのに、いまだに浮いた話というか、男がらみの話の影すらない。
ちなみに翡翠さんは一昨年に結婚し、今は二児の母になっている。僕も両親や静流さんと一緒に和装の結婚式に参加し、一緒にお祝いした。





「ご馳走様でした。」
「え、もう食べ終わっちゃったの?こーくん、ちゃんと噛んでる?早すぎだと思うなぁ。」

静流さんが用意してくれた朝食を食べ終えて、食器を流しに運ぶ僕に向かって、静流さんが焦った声をあげる。

「普通に噛んでるよ。静流さんが遅いだけでしょ。」
「さん付けはやめてってば。どうしてそんなに余所余所しくなっちゃったの?」

高校に入ってから、というか、翡翠さんの結婚があってから、僕は静流さんとの距離感に悩んでいた。
静流さんは僕より四つも年上なので、当然高校も卒業している。都内の大学に問題なく通えるほど成績もよかったはずなのに、大学には行かずにずっとこの町に居る。

一度だけ、思い切って尋ねてみたことがある。
大学に行ってお友達や恋人を作ったほうが、楽しいし、幸せなんじゃないかと。
静流さんがそうしないのは、僕の世話係を頼まれているからなんじゃないかと。
僕のせいなんじゃないか、と。

「余所余所しくしてるつもりはありません。これが普通です。」
「わざとやってるでしょ!ですます口調じゃなかったもん!あ、起こした時のこと根に持ってるんでしょ?」
「そーんなことはありませ〜ん。」
「もぉー!」

確かに根に持ってはいるがとりあえず否定しておこう。
抗議の声をあげる静流さんを無視して、流しに食器を浸す。





僕の問いかけに、静流さんは微笑みながら首を横に振った。
『お姉ちゃんはね、こーくんと一緒に居る方が楽しいし、幸せなの。』
『それに、私は巫女さんでもあ
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