序章 その1 『吸血鬼の失敗』

『侵入者は何処だ!』 『探せ! 探せ!』
『そっちにはいたのか!』 『いいや、こっちにはこなかったぞ』



…深夜の教会にて。
予期せぬ侵入者の存在により、教会内では多くの兵が声を上げて駆け回っていた。

「やれやれ、私としたことが… くだらない失敗をしたものですわ」

物陰に融け込むように隠れるヴァンパイアはため息交じりにそう呟く。
彼女は、見つからぬように警戒をしながら脱出の機会をうかがっていた。

彼女の仕事は完璧だった。 
彼女が言う"くだらない失敗"がなければ彼女はとっくに目的を果たし、教会から脱出していたかもしれない。

では、くだらない失敗とは何か?
彼女はつい先程に起きた出来事を思い出す……

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…それは彼女が教会内を探索している途中、廊下を歩いているときの出来事。
彼女がたまたまトイレの前を通り過ぎようとしたときだった。

「ふぅ、やはり我慢はよくないのぅ」

その中から出すものを出し終わってスッキリといった顔の神官が出てきて、鉢合わせしたのだ。

それだけならばまだ良かった。
"魅了"で黙らせ、記憶を操作してしまえばすむ。
…しかし、その神官の反応が宜しくなかった。

神官を"魅了"の射程内に捕えようとした、その時だ。

「…ん?誰かの?」

神官は彼女に気付き、ふと目が合う。
…そして、沈黙とともに数秒の時が流れる。

「ぎゃあぁぁぁぁああぁあああぁぁぁぁぁああぁぁああぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあああああ!!!!!
 お化けじゃあぁぁぁああぁあああぁぁぁぁぁああぁぁああぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!」

彼女が余程恐ろしい格好だったのか、あるいは神官がひどく臆病な性格だったのか。
その神官、あろうことか彼女の姿を見るなり叫んだのだ。
…これがまずかった。

《怪しい人に声を掛けられたら大きな声で助けを呼びましょう》
…等とよくいうが、この場合でも効果は抜群だった。

彼女は慌てて身を隠したが、叫び声を聞きつけた警備の兵はこの神官のもとへとすぐさま駆けつけ、寝静まった教会内に瞬く間に灯りが燈る。
神官はひどく錯乱していたため、まともな証言はとれなかったが警備兵は彼の言う"お化け"を何らかの魔物だと判断し捜査を開始した。
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…そして現在。

『そっちはどうだった?』『だめだ、見当たらない!』
『もう外に逃げたんじゃあないか?』『いいや、まだ教会から出ていないはずだ!』

あれから数時間が経過したが、教会は使える人材を集めては諦めずに捜査を続けている。
その中には騎士や魔術師など、見るからに警備などとは無縁そうな人も混ざっている。
侵入者を取り逃がすつもりは毛頭ないということだろう。

「さて、どうしましょう?」 

彼女は考える。
彼女はヴァンパイア、朝日が昇れば状況はますます不利になる。
このままじっとしているわけにはいかない。

ならば、どうするか。
答えは一つ、打って出るしかない。

「…しかたありませんね」

彼女はそう呟くと身をひそめる為に抑えていた魔力を静かに開放する。
すると五感が研ぎ澄まされ、四肢に力が満ちる。

『…!!! いました! 探知機に強大な魔力反応を確認!』 『なんだと!!!』

強化された聴覚が敵兵の会話を捕える。
どうやら魔力探知機に引っかかったようだ。
周囲から人の気配がこの場に集まりつつあるのを感じる。
人が来るのも時間の問題だろう。

「まぁ、当然の結果……ですわね。
 …では、脱出すると致しますか」

彼女はそう言うと己の眼前にそびえる石造りの壁にそっと手を触れる。

「!!! 見つけたぞ! 逃がさん!」 「うぉぉおお!侵入者め、覚悟しろよぉぉおおお!!!」

そんな彼女のもとに、いち早く駆けつけた兵士が二人現れる。
彼らは剣を構えたまま、彼女の首を討ち取らんと疾走する。
しかし、彼女はそんな事など意にも介さず壁に添えた手に魔力を込め、大きく薙ぎ払った。

彼女を中心に一陣の風が吹き抜ける。
その風は彼女に迫る二人の兵を吹き飛ばした。 …だが、それはついでにすぎない。
本来の目的はこちら、
…壁を切り開いた巨大な爪痕である。
その爪痕は石造りの壁を貫通し、向こう側には外の景色が見えている。

「それでは、お二方。ごきげんよう」

彼女は吹き飛ばされた兵士達に一礼をすると、壁にできた爪痕を潜り抜ける。
こうして、彼女は教会からの脱出に
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