渡さないわよ!

 道場中に張り詰めた空気が、広がっている。壁に沿って門下生たちが座って見つめるなか、道場主の月心(げっしん)が声を掛ける。
「始め!」
 対峙していた二人がゆっくりと構える。右足を前に半歩。左足はそのまま。右手を肘で曲げて前に出し、左手も肘で曲げて体に沿わせる基本の構え。(ポケモンBWのダゲキの姿)対して郁太は下半身は同じに。右手を斜め前に伸ばし、左手は肘を曲げて顔の横に。(ポケモンBWのコジョフーが左手を曲げた姿)
 にらみ合うこと暫し。相手が動いた。得意技であり必殺の突きを繰り出す。一足跳びに左手を突き出す。
 郁太は右手を動かす。内から外へ素早く、円を描く。突きを流し左半身を前に。左肘を相手のこめかみに。
「そこまで!」
 月心の制止に動きを止める。左肘は当たる寸前。そして相手の流されるままに繰り出した右膝も左脇に当たる寸前。
「この勝負、引き分け!」
 屋根の上から見ていた白猫の沙羅はその声に胸を撫で下ろした。


 ネコマタの沙羅に郁太が助けられて四年。郁太は努力した。商いの修行に二日、学問に二日、道場に二日、修行兼休息に一日。一週間をそう区切ると四年間休むことなく続け、いまや道場内三位の実力者になっていた。ひとえに沙羅に合って直接お礼を伝えたいという郁太の想いの成果だ。


(確かに格好良くなったのはいいんだけど)
 帰路に着く郁太を屋根の上から追跡しながら沙羅は、剥れていた。郁太を見詰めている少女たちのせいだ。もともと穏やかな性格に優しい顔つきをしていた。道場に通い始めてからは、身体つきも逞しくなってきた。加えて松屋の息子という身分。
(迷子のおはあさんを背負って街中を歩き回っていたものね)

「こうなるのも分かりますわね」
「その通りね」
 黒猫の雲母の言葉に茶猫の朱音が頷く。
 深夜、道場の屋根の上で同じネコマタの二人に沙羅は話してみたところあっさりと肯定された。
「郁太さんは大店の松屋の息子さんですし」
「優しくて逞しいとくれば」
「「放っておくはずがないわよね」」
 その言葉に沙羅は増々剥れる。
「それ、私のせいなの?」
「いえいえ、そんなことはありませんわ」
「ただの一般論よ」
 雲母の言葉に朱音が頷く。何を今更といった顔をしている。
「郁太はあたしが先に目をつけていたんだもん。あたしを助けてくれたあの時から」
「あの時?」
「犬に追い駆けられて木の上に逃げた時ですわ。降りられなくなって泣いていたら郁太さんが梯子で登ってきて降ろして下さったんです」
 雲母の話に朱音が「ああ」と思い出す。
「あれってさ、沙羅がちょっかいを出したせいだろ」
「ともかく!」
 聞こえていない沙羅は猫の姿のまま仁王立ちして月に向かって宣言する。
「郁太はあたしが先に目をつけていたんだから絶対渡さないわよ!!」


「それで、具体的には如何なされるおつもりですか?」
 雲母に聞かれて沙羅は「それは・・・」と困った顔をする。
「目が合えば障子、襖を突き破り逃げ出す」
「うっ!」
「池に落ちた時助けに来た郁太さんに逆に暴れて噛み付く」
「ううっ!」
「そのくせ、自分は後を点け回す」
「くうっ!」
「そういえば、郁太さんが女性と話をしているのを見て郁太さんの胴着をボロボロにしちゃいましたね」
「ふぎゃ!」
 次々と突き付けられる事実に沙羅はへたり込む。さらに雲母はダメだしをする。
「いくら恩人とはいえ、これでは愛想を尽かされても仕方ありませんわね」
「そ、そんにゃー」
 その言葉に尻尾だけでなく顔のヒゲまで垂れ下がり、哀愁まで漂わせる。
「それにさ、まだ一度も郁太の前に姿を見せて無いだろ。どうしてなんだ?」
 朱音からみても郁太は十分強くなっているのだが沙羅は声すらかけていない。
 朱音に強気に訊ねられた沙羅は目を逸らして力なく答える。
「そ、その・・・い、いざとなったら恥ずかしくて・・・」
 白い顔を赤くして消え入りそうな声で答える沙羅を見て二人は、顔を見合わせため息を附く。
「よくそれであんなこと言えましたわね」
「だ、だって」
「で、これからどうするの?」
「ど、どうしたらいい?」
「「自分で考えなさい!!」」
「そんにゃー・・・お願い!助けてよ!」
 藁にも縋るように二人の尻尾に沙羅は縋りつく。その姿に雲母と朱音は困り果てる。如何にかしようにも最初の一歩すら踏み出していない。この状態で力になれることといったら一つしかない。問題はこの恥かしがり屋をどうやって郁太の前に出すかだが。
「あのね沙羅いいかげん・・・」
「大変にゃよー!!」
 朱音が話し出そうとしたとき、三毛猫の美音が叫び声とともに三匹の中心に文字通り飛び込んできた。
「あら、美音さんこんばんは。今日は遅いのですね」
「な、なによ、急に?!」
「美音、邪魔しないでよ!今
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