東洋お香物語

あくる日の朝

いつも迎える喫茶店の開店時間前
厨房から朝食を作るいい音が響き
外からは小気味よくテラスをはく箒の音が聞こえる。

そんな日常の音をバックミュージックに
この店の店主である魔物娘の少女"テリア"は普段とは違ったあるものを持ち込んでいた。


「〜♪」


とても機嫌がいいのか、流行の曲を鼻歌に
彼女はお香の準備を始める。


「ほう……変わったものを持っているのだな」


コーヒーカップを片手に、長く青い髭を蓄えた男"エルク"は物珍しそうに彼女を見つめた。


「……」

「何か、言いたげだな?」


このジジイは……

そう口には出さないようにテリアはグッと堪える。
開店時間前に店に入られて勝手にコーヒーを飲んでいるのだ。文句の一つでも言いたくなるだろう。

しかし、どうでもいいと言わんばかりにシッシッと手だけ振り、雑に老人を扱う。
そんな目の前の老人以上に、彼女の興味はテーブルの上にちょこんと置かれたおしゃれなお香に向けられていたのだから。


用意されたそれを焚き始めると、辺り一面にほんのりと暖かな空気が充満していく。


「見慣れぬ形をしておるが、それはアロマテラピーか」

「違います」


キッパリと否定すると、彼女はお香と向き合い言葉を綴る。


「これは"オコウ"と言って、東洋に伝わる天然の香木を使った……まぁ香水のようなものですね」

「元々は宗教など供養に用いられるものだとか。モノによってはここらの地方でも見られますよ」


自分が語る時は悠々と、そしてどこか嬉しそうに口を弾ませる
興味の無い話は口早になり終わらせに来るというのに、まったくこの少女は……と、老人も口には出さぬがそう思うだろう。

しかし、筋が通らぬ事柄はキチンと口を出す。


「原料が植物由来ならばオコウだろうとアロマだろうと変わらんだろうに」


こういった余計な一言がいつも彼女を怒らせる。

不意に近づいてきたテリアが老人の頭に一発キツい物をお見舞いすると、笑顔で突き放す。


「ま、耄碌(もうろく)した人間には分からないでしょうね。今街で流行しているというのに」


これでも流行には敏感な方だ。

今この城下町ではお香が流行している。

東洋の旅商人が仕入れてきた物が、噂好きの金持ちの女性の目に留まり
そして瞬く間に話が広まっていった。

購入しようにも、突然の流行に店の仕入れは間に合わず
町の商人たちも"自分たち"が"流行させたもの"ではない為、まさかそんなものに需要が集まるとは思いもよらなかったため後手に回る。

あまりにマイナーだったためか、お香自体はちらほらと売られてはいたものの、在庫を抱えていた店も瞬く間に捌けて行った。

結果として、テリアが店を構えるこの城下町からはお香というお香が姿を消してしまったのだ。


「そうそう、聞いてくださいな。私もこの"波"に乗り遅れないようにと……探し回ったんですけどね」


手に入れる事は出来なかったという。

しかしそこは諦めの悪い性格
あの手この手で情報を集めたとか……

話は2日前ほど遡る。



―――
――――――


旧知の中の吸血鬼に聞いてみるも
「もう持ってるけどやらん」と、あまりの手の速さに驚きつつも自慢されたことを悔しがり

あまり頼りたくはなかったが、薬品を取り扱う旧知の中の魔女に同じものを作るよう頼むも
「面倒くさい」の一言で却下され

その後もヒトを頼るもあっちだこっちだとたらい回しにされた挙句、奇跡的にも最初にお香を買ったとされる人物に出会う事が出来た。


「あら、私に何か用かしら?」

「……」


ジャラジャラと首飾りを鳴らし
煌びやかなドレスに身を包み
そして厚化粧をした貴婦人の姿がそこにあった。

テリアが苦手なタイプの人種だ。

可哀想に、化粧を落とせばまだ見られる顔なのに、バケモノめ

と、嫌味の一つでも飛ばしてやりたいが、ここで喧嘩を売ってどうすると思いとどまる。


「突然の来訪申し訳ありませんご婦人。少しお伺いしたい事がございまして」

「5分程度にして頂戴。私、貴女と違い忙しい身なので」


抑えて抑えて……
強く拳を握り、無理矢理笑みを作ってテリアは言葉を繋げた。


「私、"オコウ"を購入したいと思っておりまして、貴女がこの流行の第一人者と風の便りで聞きつけました」

「ええ、間違いではなくてよ。一つ試しに使ってみた所、これが中々で……それでお友達に勧めたところ一般の方々にも流行り出したとか」


ビンゴ!
小躍りをしたいところだが、その感情を心の中に押し込め話を続ける。


「特別な商人から購入したと聞きます、出来れば購入ルートを教えていただければと思いまして」

「相手はみすぼらしい旅商人ですし、そのくらいならいい
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