「ユウ兄ー!見つけたぞー!」
ぼやけた視界の中、誰かがこちらに向かって叫んでいる。
きっと手招きをしているのだろう。
そんな予想をつけて、そちらへ向かおうとする。
しかし、
どんなに歩いてもたどり着けない。まるで幾日も過ぎ去ったかのように長く感じる時間の中、ただひたすら歩みを進め、そして―
―ジパング―
とある山中のとある神社にて一人の青年がすやすやと寝息を立てていた。山の名を巽神奈備(たつみのかんなび)、神社を辰巳神社と言った。
そこへ、
「失礼します。」
「ん〜ん…はぃ…なんですか…。」
寝ぼけ眼で来訪者―真っ白な髪に赤い瞳、純白の巫女服を着た白蛇―に答える。
「あぁ、幸(ゆき)さん。今日は何かありましたか?」
「いいえ、結(ゆう)様にご来客です。」
「どなたが?」
「お母様がおいでになっております。」
「あぁ、分かりました。客間へご案内して下さい。」
「はい。」
辰巳神社本殿より回廊を渡って拝殿を通り、参道に出ると右手に社務所が見える。
そこへ向かって真っ白な髪に淡紅色の瞳を持った青年が向かって行った。
名を結と言い、背は低く少年と言っても差し支えない容姿、乳白色の肌に黒袴に白装束と言った出で立ちをしていた。
「お久しぶりですね。衣代(いよ)様。」
「そんな他人行儀はやめて下さいまし。親子ではないですか。」
母の前に正座して歓迎の挨拶を述べる。
「僕はもう柊(ひいらぎ)姓を捨てたんですよ。」
「しかし…。」
「今はもう家族ではないんですから。」
「…。」
気まずい沈黙。
結が生き延びるために致し方なく取った手段とはいえ、お腹を痛めて生んだ我が子を神に捧げる母の気持ちは結には理解しがたい。
「梓(あずさ)は元気にしてますか?」
「え、ええ。結婚相手も決まりましたわ。」
気まずい空気を打ち破るために、家に一人残っているであろう妹の話題を提示する。
「なら、近々合いに行かねばなりませんね。」
「忙しいでしょうし、こちらから向かわせますわ。」
そのまましばらく、母子の世間話は続いた…。
「そういえば…夢を見たんですよ。」
ふと、結が思い出した事を語り出す。
「どのような夢?」
「藍(らん)と嗣柳(しゆう)が帰ってくる夢です。」
「…!」
「もうすぐ連絡が取れるのではないかと思」
「楽観的な感想はよして!!」
「…。」
「あの子たちは…もういないの…。」
「…連絡がついたら…またお伺いしますね。」
「…。」
「…では…神事があるので、これで。」
物憂げな表情を浮かべたまま、彼は本殿へ戻って行った。
とある反魔物領からちょっと行った所にある山中。
「へぇー、アルスさんは勇者なんですか。」
「元だがね。」
山の獣道を小さな少年と大柄な男が歩いていた。
「どうしてやめちゃったんですか?」
「私にはどうにも合わなくてね…。」
小さい方はリネン(亜麻糸)でできたシャツとズボンを着用した黒髪黒目の少年であった。
「合わなかった…ですか…。」
「ああ、教団の教義が真実かどうかも分からなくなってしまってね…。」
大きい方はスケイルアーマー(布の服に鉄板を縫い付けた簡易な鎧)を着用したている、金髪碧眼の男性であった。
「分からなくなった…?」
「ああ、魔物による被害で死亡という人が一人もいないからね。本当に邪悪な存在なのか分からなくなってしまったのだよ。」
(僕と一緒かぁ…。)
小さい方の名をシユウ、大きい方の名をアルスと言った。
「ところで少年はなぜこんな所にいるのかね?」
年端もいかぬ少年が山の中で一人でうろうろしているのは変だと思うだろう。
「ここで狩りをしながら生活してるんです。」
あえて伏せているが、シユウはラミアの妻に連れてこられてラミアの里で暮らしているため、生活に困ることはない。
「ほう…。こんなに小さいのに立派だな。少年は。」
アルスの方も恐らく仲間がいるのだろうと見当を付けて納得する。
「いえいえそんな…。」
「だってその獲物は自分で獲ってきたのだろう?」
シユウは背負い籠の中に3羽のウサギを入れていた。
「そうですよ。」
「ならもう立派な狩人じゃないか。」
「そ、そうかも知れませんね。」
少し照れくささを感じながらも褒められることは嬉しく思う。
「それはそうと…アルスさんはこれから旅をするつもりですか?」
「ああ、そうだが。」
「じゃあ服をもっと軽い物にした方がいいですね。」
「ううむ…。この鎧には愛着があるのだがなぁ…。」
重たい鉄をぶら下げて旅をするのは効率が悪い。まして彼は〈元〉勇者。神の加護などとっくに失われている。すなわち今はただの人である。
「そんな重い物着て疲れた所に山賊なんかに襲われたらひとたまりもありませんよ!」
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