『今日から友達の家に泊まって来ます。日曜日の夜に帰ってきます 涼花』
『今日泊まりに行くわ。拒否は認めないから 楓』
という内容のメールが2人から来たのは、明日から三連休を控えた金曜日の夕方だった。大学から帰るところで『まるで打ち合わせでもしたかのような内容』のメールに、軽いめまいを覚えながらも家へ向けて歩き始める。
※
家に帰る途中、家の近くの公園を通る。最近この辺りも段々と景色も代り映えしてきているが、この公園だけは変わらない。少しばかりサイズが小さいブランコに腰かけるとキィキィと物寂しく金具が無く。
『…じゃあ、楓、大きくなったらきょーちゃんと結婚する!』
ふと、この前の夢を思い出した。
現在の楓からは想像も出来ない、純粋で儚げな笑顔が脳裏に浮かぶ。
確かに小さい頃にそう言った類の約束を交わしたし、指輪も渡した。しかし、当時俺の事を「きょーちゃん」と呼ぶのも楓しかいなかった。だからかあの黒髪には強烈な違和感を感じる。たかが夢と一蹴するのも簡単だったが、何となくだが、あの黒髪の楓に不思議と懐かしさを感じたのも事実だった。
夕焼けに染まる公園をただ眺めていると肩をつつかれる。
「や、久しぶり京君」
「梨紗さん…」
夏目梨紗。親父の幼馴染でもあり、涼花の母親である人だ。
今は親父と母さんと一緒に国内旅行に行っているはずなんだが…。
「ちょっと用事が出来てね、私だけ少しの間帰ってくることになったんだ…そうだ、この後暇ならちょっと付き合ってくれない?」
「えっ、ちょっ」
そう言うと俺の手を取り、町へ歩き出した。
……まぁ、楓が来るのは8時からの予定だし大丈夫だろう。
※
「いらっしy…あれ、梨紗さんじゃないですかー。お久しぶりです!」
「久しぶり、カナさん。旦那さん元気?」
「えぇ、元気ですよー。こちらの席にどうぞ!」
店員に促されて向かい合う形でテーブル席に座る。
梨紗さんはケーキセット、俺は手持ちがないのでアイスコーヒーだけを注文した。
「そういえばさ、涼花は元気?」
「…えぇ、まぁ元気ですよ」
ふと、あの夜の事がフラッシュバックするが極力顔に出さないように答える。
「ふふ、そう隠さなくてもちゃんと涼花から聞いてるよ」
「うぐっ…梨紗さん人が悪いですよ」
「京君のヘタレ具合はアイツ譲りだからね」
どこか遠くを見るような目で語る梨紗さん。そのまま放置していると長々と聞きたくもない親の惚気話と、母さんとのドロドロとした関係を聞かされるので話を変えようした時だった。
「…で、どっちか選ぶか決めた?」
両親たちとの思い出語りの途中で不意にそう問いかけてきた。
いつの間にかだらけ切った表情も真剣な物になっていた。一瞬で周りの空気も張りつめる。
「私の娘を選べと強要する気は無い、けど君が決めたんだ。それは…分かっているよね」
梨紗さんの正論が突き刺さる。
先ほどまでの穏やかな空気はどこへやら、寒さすら感じる程に変わった空気に思わす生唾を飲む。
「コウ…京君のお父さんは二人とも選んでくれたけど、その選択は誰にでも選べない」
…確かに、どっちもなどあの二人が納得すわけもないし、もし上手く説得できたとして、表面上取り繕ったとしても、その水面下で少しずつ嫉妬と不満がだけが溜まっていくだけだ。
それを俺は良しとはしたくない。関係は壊れようとも片方だけを選ぶと決めたんだ。
「そろそろ選ばなきゃいけないよ、京君」
「もしかして用事って最初から…」
「そ、京君にお節介を焼きに来た。実の母親よりこっちの方がいいと思ってね。京君のお母さんから頼まれちゃった」
「…さて、京君。私からの最初で最後のお節介は終わりだよ。君はどっちを選んでどっちを泣かせる?」
意地悪そうな顔でそう微笑む。
涼花の母親ではなく、ただ一人の女性だったなら惚れてしまいそうなその顔を半ば睨みながら俺は心の中の答えを叩き付ける。
それは、目の前の梨紗さんだけでなく、この場に及んで踏ん切りがつかない心の中の俺にも向けた叫びだった。
「俺は…。俺が選ぶのは…!」
この手で狂わせた三角関係はどこに行くのだろうか、まだ俺には予想できていなかった。
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