「何処に行ったっ。早く見付けだせ!」
「あのブタ女め……手間かけさせやがって! 見付けたらリンチにしてやる」
「おい、仮にも商品だぜ。傷つけるのはまずいだろ」
「とにかく探せ。その商品に逃げられたなんて上に知られたら、俺達がボコボコにされちまう」
黒服に身を包んだハンター達の苛立ちが、夜の路地裏に響き渡る。
悪臭を放つゴミ箱の陰に身を竦めながら、あたしはじっと彼らの会話に聞き耳を立てていた。
(……ふん。良い気味ね)
呼吸さえも躊躇うような緊張感に包まれながら、あたしは小さくほくそ笑む。
(あんた達みたいに脆弱な人間なんかが、あたしを好き勝手できるわけないじゃない)
せいぜい朝日が昇るまで無駄に街中を駆けずり回っていれば良いのよ。魔物を捕獲して高値で売り捌こうなんて、そんな外道にはちょうど良い罰ゲームだ。
あたし達オークは、魔物娘の中でも指折りの狡賢さで有名な種族だ。人間のちょっとした隙を突いて檻から脱走する事なんて、それこそ赤子の手を捻るようなもの。このまま夜闇に紛れて街の外まで逃げてしまえば、再びあたしは自由の身を手に入れられる。
おっぱいの奥で早鐘の如く打ち鳴らされる心臓の音を数えながら、あたしは身動きひとつせず追手の足音が何処かに立ち去っていくのを感じていた。
ああ……自由!
なんて素晴らしい言葉なんだろう。こんな人間だらけの街になんて、1秒たりとも居たくない。早く静かな山奥に帰って、馬鹿な旅人をレイプしたり行商人の馬車を襲ったりと好き勝手できる最高の日常に戻らなきゃ。狭苦しい檻の中に無理やり押し込まれた時には人生の破滅も覚悟したけれど、運はまだあたしを見放してはいなかった。
(まずは……何処かで食糧を手に入れないとね)
捕獲されて以来、あたしは碌に食事を摂らせて貰っていない。そうする事で逃げ出そうとする体力をじわじわ奪おうという腹黒い人間の計略なのだ。最後の力を振り絞って脱走したは良いものの、そろそろ何か食べなければ流石のあたしも限界だった。
(まずいな……体が重い)
ふらつく頭を押さえながら、あたしはそっと動き出す。けれどもあたしの意志に反して、両足は上手く動いてはくれなかった。手際よく脱走を果たした安堵感が、今まであたしの体を動かしていた気合と根性を霧散させてしまったらしい。
早く、早く逃げ出さなければ。
再び捕まってしまう恐怖に身を震わせながら、あたしは這いずるようにして緩慢に歩を進めていく。栄養失調で悲鳴をあげる肉体に鞭打ちながら、ほんの数メートル先まで距離を稼ぎ――。
そしてとうとう、あたしの体は踏み固められた冷たい地面に倒れ伏してしまった。
(冗談じゃない!)
こんなところで意識を失うなんて、笑い話にもならない三流のシナリオだ。
(お願いだから動いて。動いてよあたしの体……ッ!)
どれだけ歯を食いしばっても、瞼はどんどん重みを増していく。全身の筋肉は弛緩してしまい、まるで泥沼に沈んでいくような薄ら寒い感覚があたしの脳内を侵していく。
「く……そぉ……ッ!!」
霞んでいく、視界。
殆どおぼろげな視線の先に、うっすらと人影が見えたような気がした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「おいシェツカ。少し外すぜ、休憩室に居るから暫く料理のほう頼む」
「はいはーい――ってうわ、店長なんですかその魔物!」
(あれ……)
「生ゴミ捨てにいこうとしたら、裏口で倒れてやがった」
「はー、行き倒れですかね。トムスン先生に診せますか?」
(……声が聞こえる)
「いや、軽い栄養失調みてぇだ。何か適当に食い物だけ用意してやってくれ」
「了解でーす」
(あたし……どうなったんだろう)
「あ、店長。いくら可愛い女の子だからって襲わないでくださいよー?」
「誰が襲うか、阿呆」
(おそ、う?)
(………………やばい!)
物騒な単語が、あたしの意識を即座に覚醒させる。
かっと目を見開くと――あたしは、柔らかなベッドに横たえられていた。
ここは……何処だろう。
見慣れない小部屋だった。乱雑に積み上げられた木箱や樽で、随分とごちゃごちゃした印象がある。壁にはびっしりと棚が組まれ、皿やグラスといった食器がたくさん並んでいた。ランプの灯りに照らされてオレンジ色に染まった鍋や包丁などの調理器具が、未だぼやけたあたしの瞳にどこか妖しく映り込む。
「おう。目ェ覚めたか」
すぐ傍で、野太い巌のような声がした。
ゆっくりと、視線を声のした方へとずらす。
――そこには。
「のわひゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
丸太ほどもある腕! 天井に届くかと思うくらいの巨体! 全身を覆う筋肉の鎧! 所々に血の付着した物騒なエプロン! 悪趣味な
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