夕日を背に、ボクは独りトボトボ歩く。
先月、急に別の会社へ出向する事が決まった。新しい勤務先は今までと逆方向。
電車からバス通勤に変わり、今まで仕事帰りに寄っていた駅前のスーパーからは、足が遠のいてしまった。
「 あの子、どうしてるかな。名前、聞けなかったな 」
小柄で黒髪。長めに切り揃えた前髪の下からのぞく、琥珀色の瞳。
いつも真剣な表情で、テキパキとお惣菜の半額シールを貼っていたあの子。
「 あの子の名札に書いてあった名前、なんて読むんだろう 」
バス停からの帰り道、そんな想いを巡らせながら。玄関の前、ポストのチラシをチェックする。
【 本日オープン! 全国展開中の”ファミリアマート”が貴方の町に! 】
派手な多色刷りのそれは、最近ネットで噂になっているコンビニチェーン店のものだった。
曰く、「 実はスタッフ全員魔物娘 」とか「 傘下の店員を次々に魔物化している 」とか。
チラシを裏返す。見慣れた赤い丸に白抜きの文字、懐かしさすら感じるそれは。
「 スーパーの半額シール? でも何で… 」
シールをよく見ると、小さな文字で 〔 めくって! 〕 と書いてある。手書きだ。
ぺろん、と剥がれたシールの裏側。
〔 きてね サハギン 〕 可愛らしい太字の中に、光る細い線の跡。
鉛筆で下書きした後に、サインペンでなぞった一生懸命なメッセージ。
あの子の姿が脳裏に浮かぶ。あの子の顔、あの子の名札、あの子の…
「 名前! 沙葉 吟(サハギン)って読むのか! 」
************
ボクの家から少し離れた場所に出来た、真新しい大型のコンビニ。
広く明るい店内を見渡すと…
居た!
あの子は、お弁当コーナーで作業中。期限の近い商品に値引きシールを貼っている。
ボクはそっと近づき、彼女に声を掛けようとして_
そのまま通りすぎる。
ボクは何をしにココに来たんだっけ?あの子に会いに?なんて声を掛ければいい?そもそm
頭が混乱してきた心臓うるさい顔あつい。
幸い、あの子は仕事に集中していてボクに気づいていない様子。
一旦気持ちを整理しよう。それがいい。店を一周して冷静になるんだ。
ボクはお菓子コーナーをのぞく。
彼女は新発売のお菓子に値引きシールを貼っていく。
ボクはお酒のコーナーを眺める。
彼女はワインのボトルに値引きシールを貼っていく。
ボクは雑誌のコーナーで立ち止まる。
彼女は発売日の情報誌に値引きシールを貼っていく。
「 沙葉ちゃ〜ん、 ち ょ っ と 来 て 」
有無を言わせぬ音圧が店内に放たれた。
レジ後方、その美貌を制服で包んだ女性が、黄金色の豊かな髪を逆立てる。
彼女(沙葉ちゃん)は小動物の様に体を強張らせ、ぎくしゃくとレジへ出頭するのであった。
立ち止まった雑誌コーナーの前で、ボクは目のやり場に困っていた。
成年向け雑誌の取り扱いが、やたら充実している。売り場面積の40%とは恐れ入った。
魔物系も多く、お試し読みのコーナーまで用意されている。
ふと、一冊の表紙に目が留まった。
あの子に似てる。でも、あの子の手に水かきは無いし、鱗も無い。立派な得物も持って無い。腰の辺りに尾びれだって付いてない。あの子は、魔物娘じゃ無い。
けれど。
何故だろう。惹かれてしまう。上からのアングルの写真。
ボクとは違う、大きな手。水底の様な深い蒼色で覆われた4本の指。
その爪先は、潮に洗われた動物の骨の様に透き通っていて。
切り揃えた前髪の下から覗く瞳には、琥珀の様な穏やかさは無い。
頬に刻まれた紋様に縁取られ、虎眼石の様にぎらりと獲物を睨みつける。
もっと見たい。もっと知りたい。
その視線に導かれる様に、ボクはその本を手に取り_
「 うわき… 」
少しだけ低い、女の子の声。
至近距離からの声に、ボクは驚いて本を落としてしまった。
急いで拾おうと、前屈みになる。
声の主も一緒に、前屈みになる。
思い切り頭をぶつけたボクらは、仲良く床に転がった。
痛みを堪えつつ、先に立ち上がる。視界がグラグラするけど我慢だ。
床にぺたんと座り込むあの子を見つけた。早く起こしてあげよう。
その時ボクの両目は、機能不全に陥った。
上からのアングル。
頭を痛そうにさする、深い蒼色の大きな手。透けた爪先の4本指。
虎眼石からこぼれた雫が、頬の紋様を伝って落ちる。
「 いたい… 」
彼女の声でハッと気づく。そこには、いつもの小柄で黒髪なかわいいあの子。
ボクの手を取り立ち上がる。その小さな手は、ひやりとしていた。
その日、ボクは初めて彼女の声を聞いた。お互いの名前と連絡先も交換できた。
彼女は店の出入り口まで、帰るボクを見送ってくれた。
閉まるドアのガラス越し。
ひらひらと、小さく手を振
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