自分のことを不幸だと思ったことは一度も無かった。自分に降りかかる程度の不幸など、周囲を見渡してみればすぐに見つかる。道に落ちている、ちょっと綺麗な小石程度の珍しさだ。
霧の大陸の中でも特に貧しい土地の農民の子供に生まれれば、子を養うものが無い親が口減らしに何をするかなんて、誰だって思いつく。もしも俺が同じ立場ならば俺だって同じことをするだろう。
俺のような賊に身を落とす奴の大半は似たような境遇だ。どいつもこいつも、ガキの頃からかっぱらいをやって、捕まらず、くたばりもせずに何とか生きてこれた。その点だけは幸運なんだろうな。
だが、そんな俺たちの中でも優劣というものは存在する。そいつは、稼ぎが多いか少ないかだ。
美味いものを食える奴は力をつけられる。力の強い奴は気に入らねえ奴を黙らせられる。そして、そういうやつは好き放題できて更に稼げる。
所詮は同じクソなのに、その中でもクソ同士で食い合っていかなくちゃいけない。そして、クソ溜まりの底に落ちればもう二度と這い上がることはできない。
「こんな荒業でもしなきゃな」
ぬかるんだ地面を踏みしめて、ただひたすらに目的地に向けて歩く。ねちゃり、とした感触が足からは伝わってきて、それが自分の立場を知らせているようで腹が立って泥を蹴り上げた。
俺も、食い詰めたクソの一人だった。ありふれたように捨てられ、かっぱらいから戦場の落穂拾いまで何でもやった。
それでもガキ一人で生きるのには限界があった。山賊同士でつるめば、親玉に上納金を迫られ、自由に出来る金は無い。
一人で生きていきたい。それも、自由に。
切実な願いだった。文字通り泥をすすって稼いだ、俺の金だ。俺だけのものが欲しかった。
転機が訪れたのはつい先日。今の組に所属した時の言葉を思い出したのだ。
「こっから西の廃村にある墓場には絶対に行くんじゃねえ」
俺の世話を焼いてくれた先輩からの忠言だった。当時の俺は素直に頷いていたが、今考えてみると胡散臭い話だ。
そもそも廃村になんてわざわざ行きたがる奴がいるとは思えない。そんな奴は自殺志願者か、馬鹿なのかのどちらかだろう。
それでもあえて言ったということは、何かある。
盗賊としての勘のようなものだった。しかし、こうして何もない荒地をただ歩いていると、追い込まれた故の早とちりだったのではないか、という気もしてくる。
それから半刻ほど歩いて、ようやく目的地の廃村にたどり着いた。
中は荒れきっていて、ボロボロになった家屋の残骸があちこちに散らばっている。風が吹いて、家の扉がきぃきぃ、と虚しく音を立てた。
畑では麦でも作っていたのだろうか。鍬が放り出されていて、それが僅かに人の生活の残滓を風景に残している。そんな光景を見ながら、俺は覚えてもいない自分の故郷を見ているような気がして気分が悪くなった。
(行くなって言ったのはこういうことなのかもな)
あそこの連中はみんな同じく農家から捨てられた奴らだ。そんな過去を思い出してしまうからこその忠告だったのかもしれない。
(無駄足だったか)
そう考えて、踵を返そうとしたときだった。
視界の端に人影を捉えたような気がした。墓場の方向に女がいたような。すぐに振り向いてみたがそこには誰もおらず、朽ちた家屋が佇んでいて、枯木の枝が垂れて風に揺れているだけだった。
見間違えだろうか、そんなことを考えながらも足を進める。せっかく来たのだ、とことんまで見て回ってやろうじゃないか。
そんなことを考えて墓場に足を踏み入れたその時だった。背後でがたん、と音がした。
それと同時に、何か重いものが自分の体に伸し掛かってくる。
「のわっ!?」
「あ〜……」
思わず地面に突っ伏してしまう。耳元でのしかかってきた奴が唸り声を上げた。
泥まみれになりながら仰向けになると、仄暗い瞳をした女と目が合う。長い髪を振り乱して、俺を見るその女には何か意味が分からない文字が書いた紙が貼られていた。
「なんっ――」
文句を言うよりも先に、女が俺の口を塞ぎにかかった。ぬるりとした感触が口から伝わる。口づけをされている、そう理解するのに随分と時間がかかった。
舌を嬲られ、体験したことが無い快楽に頭が蕩けそうになった。女を抱いたことは無い。そんなことだって、全部親玉が取り上げてしまうからだ。
だから硬くなった逸物を引っ張り出されてひんやりとした指先でなぞられた時に、小さく声を上げてしまった。
女の舌がようやく俺から離れて、唾液が薄く糸を引く。悲鳴を上げてしまった俺を見て、彼女は薄く笑った。
「おにーさん……あったかい」
その時になってようやく俺はキョンシーという魔物の存在に思い至った。男を抱いて体の柔らかさを取り戻す魔物。
俺の口を吸って、幾分か饒舌になったら
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