月下の戦

 領地の方針が半魔物になる理由なんてそう大したものじゃない。なんだかんだと名目をつけてはいるが、主だった理由は二つといったところだ。
 まず一つはその土地が教団の領地だということ。あるいは自領がそれに接しているという事。簡単に言ってしまえば長いものには巻かれろということだ。トップの人間に逆らってもどうしようもないし、おっかない隣人がいればなあなあで済ませてやり過ごす。
 もう一つは敵対している領が親魔物派であるということだ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いだなんて言葉がジバングにはあるらしいが、まさしくそういう事だ。
 ここの領主もそういうクチのようで、かの有名な竜騎士軍団を抱えている領と敵対している。
「主の暗殺を阻止してほしい」
 そんな依頼が舞い込んできたのが三日前。俺の評判を聞きつけて身なりの良い男がそんな話を持ちかけてきた。聞けば俺は戦場で百人斬りを達成した猛者だと信じているらしい。とりあえず俺が腕利きだというのは真実なので何も否定しなかった。
 こういう仕事を続けていく上で重要なのは評判だ。まるっきりの嘘はいけないが多少のフカしも必要。なんていったってそのほうが箔がつくからな。ちなみに本当に斬ったのは五十と八人までだ。
 報酬を聞けば日頃俺がこなすような依頼、地方領の小競り合いの従軍だとかそういったものの倍以上の額を提示された。しかも日ごとに即金で支払われるという。思わず飛びつきそうになったが、何事にもウマい話には裏がある。詳細を問いただすと、別に隠すようなことでも無かったのかあっさりとその男は教えてくれた。
 襲撃が予想されるのは人間からではなく魔物からだという。魔王領と接している訳でもないのになんでまた、と俺は重ねて事情を聞く。そしてクノイチという魔物の存在を知った。
 俺と同じ傭兵として生きる魔物。単一での戦闘を得意とし、間諜や斥候などとして重宝されるエージェント。親魔物領と繋がっているらしく、そういった連中からの依頼で暗殺などもこなすのだとか。
 そして、現在俺がいる領と敵対している領主がクノイチの住処である『忍びの里』に依頼人の暗殺依頼を出したという情報が寄せられた。きっとスパイでも潜らせていたのだろう、慎重な事だ。
 俺は特に何も気負わずにその依頼を受けることにした。単一での戦闘は俺の方も得意だし、強いと聞いてわくわくせずにはいられない。何よりも報酬は魅力的だ。
 即決で依頼を受けたその日の内に俺はその領主のもとへ案内された。領主は鼻が高く鷹のような鋭い目つきをする男だったが、喋ればアヒルか何かのようにぐちぐちとよく喋る男だった。
「君が例の傭兵とやらかね」
「はい、よろしくお願いしまさ」
 営業スマイルを浮かべる俺に向けてねちっこい視線を浴びせてから彼はふん、と鼻を鳴らした。
「話は聞いたな。君に依頼するのは私が寝ている間の護衛だけだ。それ以外には正騎士に守らせる。それでいいだろう?」
「ええ、そのほうがこちらとしてもありがたいですぜ」
「ふん、暗殺などあの馬鹿な男がやりそうな事だ。私を殺したければご自慢の龍騎士軍団でも連れてくればいいだろうに」
 忌々しげに、彼が椅子に腰掛けて貧乏ゆすりをする。
「竜騎士ですか」
「知っているかね?」
「ええ、戦場でやりあったことはありますぜ。脱走兵か何かで単騎でしたがね。まあ、恐るるには足りませんやな」
 露骨な俺のご機嫌取りに気を良くしたようで、ふんと鳴らされた鼻が今度はすこし嬉しげに響く。
 実際のところ竜騎士は恐るべき敵だ。まず何よりこちらの剣が届かない事が殆ど。剣を当てるにはこちらに向かって降下し武器を振るう瞬間、後の先を取って殺すしかないだろう。まともにやり合うには弓矢や魔法部隊の火力支援は必須といったところだ。白兵戦で勝利を収めるのは至難の業だろう。おそらくこの領主の軍隊では難しい。
 そんな内心の俺の分析をよそに彼は俺に細かい仕事の説明を始める。
 俺が彼の身辺を護衛するのは日付が変わる時間から夜明けまでのおよそ六時間。彼の寝室の周囲には騎士が詰めているので俺は屋敷の中庭などを担当することになる。
 まあ、金で雇った流れ者に重要な場所を任せるわけにもいかないので妥当な配置だろう。それだけ聞いて、その日はその場を辞した。その後、彼の寝室を守るという騎士にも会ったがかなりの腕前だと見受けられた。信頼はしてよさそうだ。
 そして、なんの問題も起きないまま四日目の夜を迎える。

                 *

 裏口から衛兵に話をつけて領主の屋敷内に入れてもらう。足音を殺して屋敷内を通り、誰もいない中庭へたどり着いてからようやく俺は息をついた。
 所詮は流れ者の傭兵だ。屋敷内をうろうろしていれば衛兵に目をつけられるし、暗殺者と間違われて騒がれても困る。俺は中
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