信じがたい非現実的な光景を目の当たりにしたとき、人はどうなるのか。
三河島 夏樹(みかわしま なつき)はそれを身を持って知った。
数学の教科書を忘れたことを、学校の敷地の一番端にひっそりと佇む学生寮の自室に帰ってから気付き、再び教室へ舞い戻った時。何やら女の子の話声と、いやらしい喘ぎがわずかに開いた教室の引き戸の向こうから聞こえ──
息を殺して扉の隙間から覗いた時から、彼は動けなくなってしまっていた。
(う、嘘、……?)
この逢間高校の制服──今では珍しくなってしまった黒い学生服に包まれた、同年代の男子平均より小柄で華奢な体躯。ほんの少し長めの髪。そして、まるでボーイッシュな美少女といっても差し支えの無い、端正で中性的な顔立ち。そんな容姿のせいか、学校では絵に描いたような美少年として有名な彼は、目を見開いたまま、あまりの光景に息さえできなかった。
淫らな声を上げながら、睦み合う同じクラスの少女二人。一人は春に転校してきたばかりの、学校中の注目の的になっている外国人の美人転校生。もう一人は今年も夏樹と同じクラスになった、女子生徒。そんな二人が情事に耽っているだけでも十分衝撃的だが──
(へ、変身…する、なんて…っ!?)
先に転校生が、そしてその後で、見知った女子生徒が。髪の色を変え、背中から大きな黒い羽根を伸ばし、スカートの下からするりと尻尾を伸ばし。女子生徒──天塩由姫の方は胸の肉付きまで大きく変わり、最後に身に着けているものすら変化していくのを、驚愕に口を半開きにしたまま夏樹は息を潜めて、ただ覗いていた。
そして、覗かれていると知ってか知らずか、変わり果てた二人は抱擁を交わすと、天塩由姫が勝手に開いた窓へ飛び出し、そのまま夕闇迫る空へ飛んでいってしまったところだった。
(あ、あの二人、一体何っ…!!?)
驚愕はやがて、得体の知れない恐怖へ変わる。恐ろしさに足が完全に固まりそうになるのをなんとかこらえ、夏樹は一つの決断を下した。
(こ、ここにいたら…見つかって…と、に、かく、逃げなきゃ…っ!!)
夢か幻だと思いたかった。ここで目が覚めて、自分は寮の自室のベッドの上で眠りこけていたんだと信じたかった。見知ったクラスメイトの女子2人が、何か得体の知れない存在であると誰が信じられようか。
しかし、じっとりと学生服の下のシャツを湿らせる冷や汗の感触も、橙色に染まる廊下の不気味な静寂も、ここが夢幻の世界ではないことを夏樹に思い知らせている。
ともすれば恐怖に叫びだしそうになりながら、夏樹は自らの息を、声を殺す。ゆっくりとした動作で、足音を立てないように、教室から立ち去ろうとした瞬間だった。
「覗きなんて、あまりいい趣味だとは思わないんだけどね」
「うわああああああああああああああああっ!!!!」
絶叫と共に、床に尻もちをついて倒れこんだ夏樹。なんで!?どうして!?ありえない!!!恐怖と混乱でぐちゃぐちゃになった思考が、頭の中でそんなことばかり叫んでいる。
彼の前には、先ほどまで教室の中にいたはずの少女──リムア・アムハイトが、腰に手を当て、少し呆れたような顔で立っていた。一瞬前まで教室の中にいたはずの彼女が、どうしていま廊下に立っているのか。夏樹の理解の範疇を超えていた。
「あ、あああああむ、あむは、ああああむむむ」
「アムハイト。噛んでるってレベルじゃないわよ?」
恐怖に顔をひきつらせ、クラスメイトの名前すらまともに言えなくなっている様子の夏樹を見おろしながら、リムアははぁ、と呆れたように溜息をついた。
「まさか見られちゃうなんてね。誰も来ないだろうって人払いの魔法適当にかけるのは、やっぱりダメね」
夏樹にはよく理解できないリムアの呟き。銀の絹糸のロングヘアに、水着と見紛う露出の多いコスチューム。そして、頭の黒い角と、背中の大きな羽、腰のよくしなる尻尾。一見すれば悪魔のコスプレに見えるが、それがコスプレなどという程度のものではないことを、怯えた様子の彼も気付いている。
「あ、ああああアムハイトさんっ!?ど、どどどどうしたの、そ、そそんなか、仮装な、んかしちゃってててっ!!あ、ああ!そうか!!学園祭の練習かなぁっ!?」
気付いているが、夏樹はあえてごまかすことにした。何も見ていないフリをすれば、もしかしたらこの絶体絶命大ピンチを切り抜けられ──
「学園祭はまだ3か月も先じゃない。というか思いっきり見てたの、気付いてないとでも思ってるの?」
「っっですよねぇぇぇぇぇぇえぇぇっっ!!!!」
切り抜けられなかった。現実は非情である。
「さて、と。女の子の秘密を覗き見しちゃう悪い男の子には──」
こつ、と固いブーツの底を床に一歩分打
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