――ヴゥン
以外とばれてなさそうな変装をし、今日もユニッセの発動した魔法陣に乗った。
辺りの景色が自分の部屋からコトラと会った泉に変わる。
少し危なかったが、今回は気絶しなかった。
周りには誰もいない。昨日はコトラがいたが今日は私一人がこの空間の主だ。
何もすることがないな…。
一定の空間の主はもう長いこと続けているし、どうするか。
取り敢えず部屋にはない泉に近寄り、しゃがんで水に手を入れてみた。
清く透明なそれはユニッセよりも冷たかった。
おもむろに脇に生えていた草の葉を一握り掴んでちぎり、思いっ切り泉に投げた。
私の手から離れた草は空中で広がり、ほとんど距離は行かず目の前の水面にひらひらと落ちて、静かに浮かんだ。
今度は根っこごと引っこ抜いて投げた。
ぱらぱらと根に絡みついていた土をばらまきながら放物線を描いて、泉の中心で音と波をたてた。もう一回引っこ抜いて投げた。
私は手を広げて後ろに倒れこむ。
首筋や腕に草のチクチクとしたむず痒い様な感覚を覚えながらも、そのまま動かずじっと空を見ていた。小さな雲が真っ青な空を唯一飾っている。
あの日の空も、確かこんなような晴れた日だった気がする。
試合をして、剣も折れて、
何も出来なくて、視界が自分の血で染まっていって、
倒れて、立てなくて、立とうとして、立てなかったけど、どうしても動けなかったけど、負ける訳にはいかないと思って。
でも、母様が去って行って、血で濡れた視界に母様を映す事さえできなくて。
…私は母様に捨てられたんだ。頑張っても私は母様の背中を追うどころか、見る事さえできなかった。
『天災の娘なのにねぇ』
『デュラハンって、騎士しかいないと思ってたよ』
『邪魔』
『デュラハンの面汚し』
『近付かないで。弱いのがうつる』
『天災唯一の汚点』
『母上だって失望しているわね』
『あいつなんかより案山子を相手にした方がまだ練習になる』
『ホントにクズっているのね』
周りの陰口も、余りに私にぴったりで、笑えてくる
「イルティネ!」
ふと、何かが近付く音がしたと思ったら、名前を呼ばれた。
身を起して私に近付く人物の顔を見て、私も名前を呼んだ。
「コトラ」
「また会えて嬉しいよ…って、」
…?コトラが私の顔をじっと見る。
「…何?」
「いや、辛そうな顔してたから」
私が、辛そうな顔?
「何か嫌なこととか、悲しい事とかあった?」
「……特に、何も無いよ」
普通に答える。
「『特に』じゃない小さなことはあったんだ」
少しムッとする。
「それヘリクツじゃない。無いって言ったら無いの」
ほっといて欲しい。
「…ムキになるってことは、やっぱりあったんじゃないか」
何だろう。別段なんでもない話なのに頭が熱くなる。
「辛い事があるなら―」
「無いって言ってるじゃない」
「でも、」
「いい加減にしてよ!あなたに関係ないじゃない!!」
「!っ、関係あるよ、友達じゃないか。友達が苦しんでいたら、助けたいって思うんだ」
「何?友達になったら自分の苦しみを曝け出さなきゃいけないの!?キズも見せなきゃいけないの!!?私は辛くなんてない!!苦しいなんて思ってない!!助けて欲しいなんて言ってない!!……っ、……わけの分からない事、言わないでよ…」
「…キズは見せてくれなくちゃ治せないよ」
「仮にそうだとしても、あなたに治せるキズじゃない…」
勢いに任せてしまった。冷静になれ。私はなにを言っているんだ。それにコトラも。
「…そう、だね…。ごめん。今日は、帰るよ…」
コトラは俯いて、今し方来た道を戻って森に消えた。
日が沈みそうになって、帰りの魔法陣が出るまで私はその場に立ち尽くした。
「おかえりなさい、イルティネさん。今日はどうでした?…て、あれ?」
既に夜となった魔界の自室に戻って来て、そのままベッドに倒れ込んだ。
「お疲れですか??もしかして、コトラさんと激しくヤりあって…」
「ああ…ちょっと、疲れてる…」
私はユニッセの冗談に言葉を返す元気もなく、枕に顔をうずめたままくぐもった声でそう言った。
「!………分かりました。ゆっくり、休んでください」
ユニッセが部屋の照明を消して部屋から出て行った。
暗闇と静寂が私を覆い尽くす。
暫くそうしていて、押しつぶされそうになるのに耐えきれず体勢を仰向けに変えて逃れた。
「コトラには申し訳ない事をした…」
私は一人呟く。
「…苦しんでいる友達を助けたいと思うのは…良い事、なんだろうな」
一度大きく息を吐いた。
「今まで苦しい、と思った事は無い。辛い、と思った事も無い。でも、コトラには苦しそうに、辛そうに見えた」
手を胸の上に置く。問う様な言葉が私の口から零れていく。
「そして、今、胸の中がおかしい。…もしかして、これが苦しいと、
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