骨・1

「えぇええっ!」
「もう決まった事だ。諦めろ」
「そ、そんな!」
ウルオラは自らの不幸に抗議の声をあげた。しかし、『公平な』くじ引きで決定してしまったものが覆ることは無かった。
「仕事は仕事だ。しかたない。お前ならもう一人で馬車引けるだろう。晴れて一人前だ良かったな。こんなに早く一人前になったのはお前が初めてだ本当に良かったな。うん。で、幾らか決まりがあるから前の奴から聞いとけ。いいな。じゃ、来週から頼んだぞ」
荷運び仕事の上司はウルオラを捲し立て、あっという間に居なくなった。
「まじかよぉ…」
ウルオラはがっくりと肩を落とし、とぼとぼとその場を後にした。




「あら、一人前になれたの?よかったじゃない!」
ウルオラはテーブルを挟んで彼女の母親を前に座っていた。外は暗くテーブルには食事が並べられている。
「まあね…」
「それで、何処まで行くの?」
「……―どう」
「え?」
「聖堂、だってさ」
娘の成長に喜びを浮かべていた母親の顔が引きつった。
「聖堂って、あの?」
「そう」
とたんに、母親だけではあったが、明るかった室内が暗くなった。
「…仕事辞めなさい」
「ええっ!?」
唐突の提案に驚くのも無理は無いが、母親の心境に驚くのも無理は無い。
理由はこの街に古くから残る『死』に対する考えである。
街が街になる前、村と言えるかどうかも曖昧だった頃から、ここら一帯は飢えとは無縁の環境だった。
気候は一年を通して温暖。大地は青々としていて、湖には魚が泳いでいた。そんな恵まれた気候であるが故に、そこに居付いた人達は『死』に恐怖していた。
それは時に野獣であり、魔物であり、病や怪我であり、本来ならば死ぬはずの無いこの場所において突然姿を現す『死』を、人々は我が身に飛び火しないように遠ざけようとした。
いつ学んだかは分からないが、豊かな土地に頼り人が増え過ぎないように調節し、何時訪れるかも定かではない飽和に備えた。
死んだ者は湖の向こうにある見通せない森に捨て、『死』を追いだした。
しかし、死者の肉を狙う動物や魔物が現れた。これを受け、『死』をより遠ざける為に、あえて死に塗れる者が必要となった。
暫くして教団の教えが伝わって来た時、馴染みの無い聖堂と言う建物と、忌み嫌われる墓守と言う役職だけが残った。
「うう、…いやだめだ」
ウルオラは少し母の言葉を考え、拒否の返事を返した。
皆が恐れる『死』を扱う場所へ行くのは気が引けるが、ウルオラは周りの人達ほど拒否反応を起こす事は無かった。
人は遠からず結局は死んでしまい、それをどうこうする事は出来ない。ウルオラが、随分と昔に命の巡りを始めた父親を見た感想だった。そう思っていたからこそ、今の仕事を辞めるほどの事では無い、と考え着いた。
更に言えば、聖堂に行くことを逃げたと思われるのが嫌だった。更に更に言えば、やっぱり一人前となったのは嬉しかったのだ。
「あたしの仕事だからね。それに、そのうち交代もするし」
食い下がる母を強引に遣り込め、ウルオラは改めて聖堂に通うこととなった。


「はぁ…」
ウルオラが一人溜め息をつき、荷物を乗せた馬車が音を立てて森を進む。少し緊張しながら、けれど少しぼうっとしながら、慣れた手つきで手綱を操る。
聖堂へ行く時注意すべき点もあったが、今の彼女の頭にはそんなものは残っていない。説明は聞いたし書面でも何回か読みなおしたが、どれ一つとして覚えていなかった。覚えは良いほうのウルオラだが、それでも覚えていないという事は、所詮その程度の内容だったという事である。
「…はぁ」
もう一度溜め息をついたウルオラだったが、先程から漏れ続けるそれは憂鬱な感情によるものでは無く、予想外な森の様子によるものだった。
「すげーなぁ」
生い茂る新緑と、控えめに咲く花々を目で追い、小鳥の囀りと、何処からか聞こえてくる清流の水音に耳を傾ける。ここ数年外から来る人や客引き、露天で騒々しい街とは違う雰囲気で、ウルオラからしてみれば筆舌尽くしがたい光景だった。
「なんか………すげーなぁ」
まさかあの聖堂がこんな所にあるとは――。
父親の葬儀の時はまだ幼いという事で、死に必要以上に近付かない様にと聖堂へは連れて行かれなかったのだ。聖堂と墓守について、あまり酷い印象を持っていなくとも、特に良い印象も持っていなかったウルオラは目を丸くして初めての森に見入っていた。


やがて、木々の間から白い建物が現れた。こぢんまりとした、そして年季の入った建物は森の開けた場所にあり、木を切って人為的に拓いた場所である事が朽ちかけの切り株から分かった。
聖堂近くの太い杭に馬を繋ぎ、馬車を停める。ウルオラはそのまま大きな両開きの扉の前に立つ。
「すんませーん。お荷物お届けにまいりましたー」
声をかけるが返事は無い。
少ししてもう一
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