EngagementRing

「あー。あー。あー…」
私は器用な手先でこちゃこちゃと輪の形にした金属に彫刻を施してゆく。かなり細かい所をやってはいるがこんなもの朝飯前、いや、今はもう夜だから夕飯前か。そう言えばおなか減った。
「おなかへったよぉぉぉぉぉ……」
お昼の残りで良いや。……よし、彫刻完了。あとはこの石を埋め込んで…っと。…よし、出来た。
軽く布で磨いたそれをおもむろに自分の指にはめ、天井からぶら下がる魔法照明の光に照らしてみる。完成した薔薇の意匠の指輪は、小さな私の指にはぶかぶかだった。
この指輪の依頼者の人間の男は、これをプロポーズに使うと言っていた。いわゆる婚約指輪だ。相手の女はこんな小さな物で喜ぶのだろうか…少なくとも私はこんな物を貰っても嬉しくはない。
わたしにとってはどうでもいいが、結婚と言うので何時もより気合いを入れて作った。けれど、やっぱり装飾品ばかりを作っていてもつまらないな。
「ごはんたべよ…」
私、ドワーフのアーチェンは装飾品を作る事に飽きを覚えている。
だれか、カタナ打たせてくれないかな…。



翌日。昨日作った指輪の依頼者が朝っぱらから店に品物を受け取りにきた。
「いやぁ、ありがとうございます!!さすがアーチェンさん、良い出来ですね!!これならユナも喜びますよ。あ、ユナって言うのは俺の彼女の名前なんです。彼女綺麗な髪と目をしていてですね…」
褒めて貰うのはうれしい。が、のろけ始めるな。
「どーも。…代金はこれ位。石は持参だったからその分引いて、あとプロポーズ割引かな」
長くなりそうなのろけ話を無視して材料費や必要経費を書いた紙を店のカウンターに置く。通常の料金よりもなかなか少ない額を提示した。本当はプロポーズ割引はなんて無いけど、この前商人に依頼されて大量にブローチ作って懐に余裕があったので割り引いてあげた。なんてったって一生一代の大行事だしね。
「こんなに安くて良いんですか?」
「一つ条件。プロポーズに成功したら、ちゃんと彼女を幸せにする事」
そう言って私は目の前の男に手を伸ばした。男がその手を握り、一度上下に振った。
「分かりました!必ず幸せにして見せます!!」
男は上機嫌で代金を置いて出て行った。このうかれぽんちめ。
「……あー。あー。あー」
珍しく他に依頼された仕事もない。自由な時間を得た私は、久しぶりに鍛冶をすることにした。指輪等の装飾品も作っているが、私の本業はカタナ鍛冶なのだ。

私の母は装飾品の生産を生業としていて、昔の私は当然のように家業の手伝いをしていた。そんな私が今鍛冶をしている理由は、母の店の客からジパングと言う国の『カタナ』と呼ばれる剣を打つサイクロプスの話を聞いたのがきっかけだった。
美しく反り返った片刃に描かれる淀みの無い波紋。繊細かつ粘りのある刃は鉄をも切り裂くと言う。さながら一つの芸術であり剣としての実用性を持つ、金属の塊から生みだされた至高にして究極の一振り。
海を渡ってやって来たそれに魅せられた私は、私の手で作ってみたい、作り出したいと、その話を聞いてすぐそう思った。ジパングに行くことは難しくても、そのサイクロプスに弟子入りして、カタナ鍛冶になりたかった。
一人娘だったし絶対反対されると思ったのだが、母に相談したら幾つか条件付きでカタナ鍛冶になる事を許してくれた。
一番大きな条件は、装飾品で店を出せるほどに腕を上げること。当時の私は、母が私に技術を受け継がせる為に、そして時間をかけてカタナ鍛冶になるのを諦めさせようとしていると思っていた。
しかし母に厳しく指導されている間もカタナへの想いは途切れることなく、遂に母からお墨付きを貰った。
そんな感じで、私は実家を出、サイクロプスの師匠の弟子になった。
師匠の事は、その、あれだ。門外不出と言う訳で話す事は出来ない。ま、間違っても修行が地獄で思い出すのすら怖いと言う訳ではない。断じてない。ガクガクブルブル…。
……はれてカタナ鍛冶となった私は、父の生まれ故郷のこの街に店を開いた。特になんの取り柄もないさえない父だったが、この街の話をする時だけは目を輝かせ、子供の様に楽しそうにしていた。幼かった私は『あの父が楽しかったと言うのだから、きっととても素晴らしい所に違いない』と安直に考え、いつか自分の店は父の生まれ故郷に開こうと前から決めていたのだ。今思えば、もっとしっかり考えるべきだった。人は若かりし頃の記憶が眩しいらしい。
残念ながらこの街は観光名所があるわけでもなく、特産品もぱっとしない上、カタナが全然売れない。
まず剣自体の需要が少ない。この周辺地域の街は魔法が発展している。街の自衛団も魔法がメインで、剣の注文は入るには入るが、何もないこの街に攻め入る者も殆どいなく、剣が傷む事も少ないのでごく稀。その辺の剣で事足りてしまうのだ。ちなみにこの
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