「………世話になったな。」
荷馬車から黒装束の男が降りる。
赤黒いマントを翻すと、身軽な身体は小さく土煙を上げて着地する。
ガシャ、と鋼鉄の左腕が振動で揺れた。
ここは名もなき町が目の前に見えている街道。
ヘンリー=ガルドを筆頭に商人たちが忙しく、列を成し行き来する。
そんな商人たちの邪魔にならないようにと、街道の脇に止めた小さな荷馬車から男は礼もそこそこに飛び降りる。
「目的地は一緒なのだぞ。このまま馬車に乗って、一緒に行けば良いじゃないか。」
荷台から重装備の騎士風の少女、ヴルトームがその身を乗り出して男に呼びかける。
漆黒の男、ウェールズ=ドライグは横目で睨むようにヴルトームを見ると、彼女の気遣いを嘲笑うかのように、鼻で笑って答えた。
「……目的地は、確かにな。だが、目的が違う。お前たちの目的など興味はないが、俺は俺のやり方で、ここを治める者に俺を売り込む。」
「うっ……。」
その眼光にヴルトームは怯んだ。
彼女は決して弱い戦士ではない。
むしろ、ヴルトームは主である魔王の身辺を警護する者として、かなりの実力の持ち主である。
人間のようではあるが、彼女もまた魔物であり、種族はデュラハン。
そんな彼女が人間であるウェールズに怯んでしまった。
まともに戦えば、ヴルトームに分がある。
だが、それ以上にウェールズには彼女にはないものを纏っていたのである。
憎悪の生み出す妖気。
実力の差を埋める以上に、その禍々しい妖気は魔物である彼女をも凌駕していた。
「…あなたの未来に幸多からんことを。ヴルトーム様に代わりまして、ウェールズ様、あなたの旅の無事をお祈り致します。」
荷馬車の奥から、透き通るような美しい声がウェールズの旅を祈る。
それは頭から足の先まで、全身を隠す程大きなローブを纏った女だった。
口元だけがそのローブから出て、赤い唇がやさしく微笑んでいた。
おそらくローブの中は祈りを捧げるように、手を結んでいるのだろう。
「……俺に未来など、ない。」
あるのは地獄だけだ、そう言い残してウェールズは去っていく。
その後姿が見えなくなって、やっとヴルトームは荒い呼吸を始めていた。
「はぁっ…、はぁっ…!な、何なんだ一体!?わ、私が……、陛下をお守りすべく戦う私が…!あの人間一人に……、怯えていた!?」
正体のわからない恐怖にヴルトームが取り乱す。
「ヴルトーム様、彼はそういうものなのです。憎しみは何も生みません。憎しみは憎しみのまま、やがては滅びの道を歩むのです。すべてを滅ぼし、何を憎んでいたかも忘れ、最後には自分ですら滅ぼすのが彼の道。あなたは、他人を羨む、他人を憎むことなどないから、ご存知ないでしょう…。だからこそ恐怖したのです。あなたの知らぬ異質なものに触れて…。」
「……ネヴィア。君はわかるのか。」
ネヴィアと呼ばれた女は一度だけコクリ、と頷くとそれ以上喋らなかった。
そのローブの向こうで、彼女がどんな表情をしているのかうかがい知れない。
「………………そうか、君も色々と触れてはいけない秘密が多いのだな。すまなかった、私が無遠慮に聞きすぎたようだ。許してくれ。」
「…いえ、お気になさらず。」
「すまない。では行こう。」
ヴルトームは荷馬車を従者に命じて再び走らせる。
商人や行き交う旅人に混じって、荷馬車は目的地へ向かって走る。
―――――――――――――――――――――――
「突然の来訪にも関わらず、快く我々とお会いしていただき、まことに恐縮でございます。」
ヴルトーム、ネヴィアと名乗る二人は片膝を突いて、礼を述べる。
ここは学園長室、いや今は町長室と無理矢理変えさせられた俺の部屋。
「あ〜、その〜。あまり恐縮されると俺が困る。」
もう少し、楽にしてくれるとありがたいのだが、このヴルトームと名乗る女。
何故か俺を見て、さっきからカチカチになってどうも歯切れが悪い。
「お二人の素性はわかったが、ネヴィア殿。何か顔を見せられない事情でもおありかな?」
「いえ……、失礼致しました。」
そう言うとネヴィアと名乗る女はローブを脱ぎ、素顔を晒した。
正直なところを言えば、何か傷でもあるのかと思っていたのだが、予想に反して彼女の素顔に俺は思わず息を飲んだ。
ブロンドの美しい金色の髪が流れ、憂いを帯びた青い瞳が伏せがちに俺を見る。美しく完璧という言葉以外に形容出来ない顔、傷どころか傷一つ、ホクロ一つ存在することも許されないような白い肌に、俺は天女というものを初めて見たような気がした。
「お目通りを叶えていただきましたのに、素顔を隠したままという大変な無礼。どうぞ、平にお許しください。」
許すしかないだろう。
ここまでの素顔であったなら、隠しておかなければ危険だと俺は悟った。
この女は、すべてを魅了する。
それこそ神ですら、その美貌を愛
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