今夜はツイていない。
逃走資金稼ぐために男を引っ掛けようと思っていたのに、肝心の男が引っ掛からない。
週末、休日前の深夜。
酒が入って良い気分の男、
スケベ心丸出しのおっさん、
そんな男たちが街のどこかに必ずいるんだけど、今夜はプロの娼婦たちが、そんな男たちを見越して街角で、獲物を攫っていく。
「あ〜あ…、ちくしょー!」
地べたに腰を下ろして、夜空に向かって叫ぶ。
でも、そこで慰めてくれる男もいないし、そもそもそんな相手を必要としていない。
私に必要なのはお金を落としてくれるやつ。
そしてまだ死にたくないから、ただ今日を生き抜くだけの気力。
はっきり言って怠惰、倦怠、停滞、無意味な日々。
苛々している。
あそこで堅気の仕事に疲れているサラリーマンも、
あっちで日陰の商売で毎日を生きている娼婦たちも、
みんなそれなりに生きる希望があって、
明日に向かって必死に生きている。
なのに、アタシには何もない。
何だか、酷く寂しくなってきた。
「寂しい…、な…。」
欲しいのはお金だけ。
でも本当にアタシはお金が欲しいのだろうか。
お金は結局、アタシを慰めてくれない。
でもそれに縋って生きていかなきゃ…、
何のために人を傷付けて、
何のために人を殺して、
そうまでして奪ってきたのかわからなくなってしまう。
目頭が…、熱い。
「クソぉ…。」
翼で身体をスッポリと隠す。
アタシは泣いてなんかいない。
ただ疲れたから座って羽を休めているだけなんだ。
そう自分に言い聞かせて、声を殺して、歯を食い縛っていた。
胸が震える。
でも、ここも早く離れた方が良いかもしれない。
いつ警察の追手がここに来るかもわかったものじゃないから。
「………………はぁ!………あ。」
強く息を吐き、上を見上げると満天の星空。
知らなかった。
こんな薄汚れた街でも星ってこんなに綺麗だったんだ…。
こんな風に静かに空を見上げたこともなかったけど…。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」
気が付いたら口を開いて歌っていた。
言葉にならない、自分にもよくわかっていない感情を歌っていた。
歌詞なんてない。
誰かのメロディーでもない。
アタシはこの時、初めてアタシの声で歌ったんだ。
息が切れるまで歌った。
そして気が付くとアタシの傍で背中にギターケースを背負ったあいつが立っていた。
「…………誰?」
「…あ、悪い。何だか良い声が聞こえたから……、ついこっちに来てしまったんだ。」
「変なやつ。」
そいつの名前はチャールズ=モンロー。
ひどく痩せていて、不健康そうで、どこかアタシに似た印象を受けた。
黒皮のジャケットにパンツ。
そして真っ黒な長髪が印象的だった。
「あのさ…、もう一度歌ってくれないか?」
「はぁ?歌えってアタシは歌っちゃいないよ。ただ口から出た、訳のわかんないのを歌だなんてさ…、プロの歌手が聞いたらキレちゃうよ。」
「馬鹿、それが歌なんだよ。あれは紛れもないあんたの歌だった。だからもう一度聞きたい。飾らない想いで、荒々しくて寂しい声をもう一度聞きたいんだ。」
誰かに何かを頼まれた経験のないアタシは戸惑った。
それでもモンローの真剣な目に負けて、アタシはまた歌った。
さっき、どんなメロディーを歌っていたのかも覚えていないけど、
そいつに聞いてほしくて、
そいつが聞いてくれるのが嬉しくて、
力の限り歌ったんだ。
最後の方は叫びっ放しだったけど、モンローは黙って聞いてくれた。
「………はぁ、はぁ、はぁ!どうだぁ!!」
モンローはにっこりと笑った。
「やっぱり良い歌声だ。その歌声に誘われて、表通りからここまで来てみて良かった。それにしても、どうしてこんな暗いところで歌っていたんだ?」
「アタシの歌声に誘われた……?」
アタシがセイレーンだからだろうか…。
一瞬それが頭の中でよぎったけど、その時のアタシにはそんな魔力なんてない。
モンローはアタシの声を捕まえて、ここまで来てくれたんだ。
そう思うと嬉しかった。
「じゃあさ。誘われたついでに、アタシを買わない?」
「え…、ああ、そういうこと?それでこんな暗い路地で歌っていたんだ。」
「別に歌で誘っていた訳じゃないけどさ、アタシがここにいるのはそのため。どうしてもお金が必要なんだよ…。理由は言えないけどさ。」
逃走資金、何故かモンローにそう言うのが嫌だった。
「………ん〜、そうだな。あのさ、手持ちの金がこれくらいしかないけど、これくらいでも、お前を……、買えるかな?」
ポケットをごそごそと漁って出てきたのは、銅貨1枚と飴玉が2つ。
これくらいじゃパンの耳くらいしか買えない。
「あんた、貧乏なのか?」
「ま、裕福じゃないのは確かだな。」
それくらいしかないのに、アタシを買うって言ったんだ。
そんなモンローが可笑しくて、アタシは笑ってしまった。
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