ここは名もなき町の繁華街。
そのどこかに存在するという場末のバーの看板に明かりが灯る。
胸に秘めた何かを持つ男を、
胸に秘めた思い出を持つ女を、
気紛れに誘うように、いつでもあなたのためにドアを開いてくれる。
隠れるように存在する、その店の名は
『Bar テンダー』
その店名からわかっていただける通り、
この店のオーナーは娼館テンダーの現オーナー、ルゥ、その人である。
からん
「いらっしゃいませ。」
カウンターでグラスを磨くバーテンダーが愛想があるのかないのかわからない声で出迎える。
「ねぇ、アタシのイメージで何か…、作ってよ。」
泣いた跡が悲しい、セイレーンがゆらりとカウンターの椅子に座る。
すでにいくらか酒が入っているらしい彼女は力なくカウンターに突っ伏した。
バーテンダーは何も言わないまま頷くと、
ただ氷と酒をシェーカーに注ぎ、
小気味の良い音を店内に響かせ、シェーカーを振る。
さぁ、今日はどんなカクテルが出されるのか…。
「お待たせ致しました。メチルアルコールでございます。」
グラスに注がれたカクテルを、バーテンダーがセイレーンのルナに差し出した。
ルナは無言で受け取ると、そのままグイッと一気に飲み干した。
「ん〜〜〜〜〜〜くぅ〜〜〜!これこれ、やっぱ飲むんだったらこれくらいキく酒じゃなきゃ飲んだ気にならないよね〜♪ところでバーテンダーさん、どこかで会ったことなぁい?」
「さぁ……、私もこの町に住んでいますので、どこかで会ったかもしれませんが、私に似た人なんてどこにでもいますから…。ああ、セラエノ学園のセクシーでモテモテ美人女教師、バフォメットのイチゴ様でしたら、ずっと前にお客様から似ていると言われたことがありますよ。」
グラスを拭きながらバーテンダー………、むしろイチゴは答えた。
背が低くカウンターまで届かないのでミカン箱の上に立ち、ドリフ大爆笑に出ていたヒゲダンスの口髭を着け、口調を変えてまで彼女は他人に成りすます。
「あ〜ね〜。そういえば似てるよね〜。」
「酒は人をヴァカにしてしまうのぅ(ぼそ)。」
「え、何?」
「いえ、何でもありません。失礼ですが、何か悲しいことでもあったのですか?」
「……………わかっちゃうんだ。またね、フラれちゃった。合コンでイイ男を捕まえたぁ、なんて思っていたんだけど、駄目だったんだ。アタシみたいなヘヴィメタルの女は…、ついていけないんだってさ…。これで18連敗だよ。」
また何か作ってよ、そう言ってルナはイチゴにグラスを突き出す。
イチゴはまた何も言わずにグラスを受け取ると、今度はミキサーを取り出す。
エプロンのポケットからルゥから預かった最強メニューのレシピをこっそりと取り出し、ルナに見えないようにメモを見る。
「………唐辛子3本。」
ぼとっ
「……味噌大さじ1杯。」
ぼとっ
「………どぶろく適当。」
どぼぼぼぼぼぼぼぼぼ……
「…あ、一本入れてしまったのじゃ。まぁ、良いわ。次は玉子を5個。」
ぽいぽいぽいぽいぽい……
ベキベキパキベキ…
何を血迷ったのか玉子を殻ごと卵をミキサーに放り込むイチゴ。
明らかに失敗しているのだが、彼女は気にすることなく作業を続ける。
「………ジャガイモ1個。芽が生えておるが、食えんことはないじゃろう。」
(注意・ジャガイモの芽は毒です。)
ぽいっ
「……タバスコ、少々。」
ぴっ、ぴっ…
つるっ
「あ……。」
ぼちゃっ
……ぺきっ
どくどくどくどくどく
見る見るうちに真っ赤な液体がミキサーの中を占拠し、タバスコ独特の酸っぱくて辛い匂いが漂う。
「………内容物は一緒なのじゃ。えっと、最後に……。」
どんっ
18リットルのポリタンクをイチゴは取り出した。
「重油〜っと♪」
ボップボップボップボップ…
ポンプで吸い出されて、ミキサーの中を支配していく黒い液体。
そもそも飲み物ではない。
「よし、これで……、ポチッとなぁ〜〜!!」
ぽちっ
うぃ〜〜〜〜〜ん
がりがりがりがりがりがりがりがり…
…………………
…………
……
…
「お待たせしました。当店オリジナルカクテル、『娼婦の涙』でございます。」
どこをどうやればさっきのゲテモノから作られるのか理解出来ないが、カクテルグラスに注がれたのは淡いピンクの美しい液体。
「……綺麗。」
「そうですね。でも綺麗なだけが涙ではないのです。娼婦の涙は色々な嘘を、色々な悲しみを、ティースプーン1杯の小さな幸せを含んでいるのです。」
もちろん、ルゥのメモに書かれたカンペ読みである。
「…まるで、今のアタシみたいだね。」
ルナはグラスを傾ける。
「……………美味しい。」
美味しいのか!?
思わずナレーショ
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