私は罪を犯したのです。
それは主命を背く大罪。
あの子たちにも教えていない私の力。
私の目に映るのは遥かな未来、来るべき明日。
でも、私の教え子とその愛する娘の明日は何と暗く悲しいことか…。
お許しください。
だからこそ、私はあなたの意図した以上のことを彼らに施しました。
この世界ではなく、遥か彼方で隣り合う世界の王よ。
私は教え子をあなたの元へ差し出すことを承諾致しました。
それは彼の運命。
どのような未来を選ぼうと、彼は傷付き、倒れ、それでも歩んでいかなければならない。
ですが、彼女の方は……。
もしもこのことであなたがご立腹なさるのでしたら、せめて彼女だけは見逃してください。
罰するのは私だけでお願いします。
いずれ、この世界を捨てて行く我が愛弟子よ。
私に出来るのはこれだけです。
あなたはすべての繋がりを断ち切って、あちらの王の下へ行かねばなりません。
ですから、私はあの方にささやかな反逆の意を示しました。
綾乃のためにも。
あなたのためにも。
上総乃丞……、別れの日は………、そう遠くはないのです…。
………くっ。
……どうやら、やっと宗近の御香の効果がなくなったようだな。
ここは、綾乃の部屋。
まだ夜が明けず、部屋の中には闇と静寂が居座っていた。
鼻を突く汗と淫靡な匂い。
香炉から漂う香りではなく、もっと生物的な衝動を呼ぶ匂い。
彼女の中に何度、精を放ったのか覚えていない。
俺の腕の中で綾乃が寝息を立てている。
…………俺だってずっとこうしたかった。
綾乃をこの腕で、抱きたかった。
でも怖かった。
綾乃が俺をどう思っているのか…。
親同士の決めた許嫁。
俺はその立場を利用して、綾乃を手篭めにしようとしていたんじゃないか。
俺は、綾乃に相応しい男になりたかった。
だから英雄を目指した。
この国の戦乱を終わらせる英雄に…。
そうすれば、禄衛門にいつか綾乃を持っていかれるんじゃないかと思わなくて良い。
そうすれば、俺は自信を持って………。
「………ん……、カズサ………、起きたのか……?」
「ああ、起こしてしまったな…。すまなかった、女狐の術に堕ちたとは言え……、お前を……。」
「……。」
何も言わずに綾乃が唇を重ね、俺の口を塞ぐ。
ねっとりと舌を滑り込ませ、お互いの唾液を交換し合う。
口を放すと、綾乃の甘い溜息が鼻にかかる。
「私は後悔などしない。カズサ、私はお前の妻になるために生まれた。それは私たちの両親が決めたことだったけど、私はそれをずっと望んでいた。お前が大きくなって戦場に出て行くのが口惜しかった。だから私は自ら望んで武の道を進んだんだ。せめてお前の背中を守れたら……、そう思い続けた毎日だった。お前の背中をずっと追いかけたかった…。でも、もう追いかけなくて良いよな?私はお前の横に寄り添って……生きても良いよな…?」
「…………綾乃、俺もお前を失いたくはない。」
愛している。
口には出さない想いのままに、綾乃を抱き締める腕に力が入る。
このまま…、時が止まれば良い…。
綾乃の温もりだけが、暗い部屋の中で唯一感じられる確かな現実…。
―――――――――――――――――――――――
数日後。
真っ赤な派手な着物に、それ以上に派手で金や朱で彩った仰々しい鎧で身に纏い、紅で唇と目の淵を彩る狼牙が戦場で馬を駆る。
右腕で振るうのは龍の装飾をあしらった大薙刀。
雑兵が彼を目指して長巻を、数打ちの刀を振りかざすが、すべては狼牙に届く前に、首を飛ばされ、顔を縦に割られ、何もわからぬまま血飛沫を上げて倒れていく。
だが、狼牙も無敵ではない。
彼が通り過ぎた後ろから近付く騎馬武者がいた。
狼牙は雑兵の咆哮の前に、そして彼自身の昂る心が視界を狭めていた。
騎馬武者が、自分の大太刀の間合いに入った。
「その首、貰うたぁぁーっ!」
五尺の大太刀が狼牙を襲う。
ガギィ…
「……………げ。」
騎馬武者がゆっくりとした動作で馬から落ちる。
どぅ、と落ちた彼の首には一筋の刺し傷が残されていた。
見開かれた目は閉じることなく、空を睨んだまま大地を赤く染めて絶命する。
そこには馬上で大太刀を薙刀で受け、赤く染まった切っ先の太刀を握る紅 龍雅が、ゼェゼェと荒く肩で息をしていた。
馬の鞍には首が2つ。
いずれも名のある武将の首であった。
「…ん。おお、ベニロク。お前、どこに行っていた。あまり遅いんで、お前の手柄をどうやって残そうか思案していたところだぞ。もう少し乗馬を磨かねば、いつまでも俺にも綾乃にも追い付けんぞ。」
「そういう台詞を言いたきゃ、後ろに気を付けろ。俺がいなければ、今頃お前は敵方の手柄になっていたぜ…。で、何で今日も綾乃がいないんだ!?」
「………はぁ、お前もいい加減しつこいよな。俺の妻にいつまでも熱上げていないで、自分
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