狼牙は再び戦場にいた。
稲荷から言われた言葉が、間違いだと言わんばかりに敵軍を蹂躙していく。
狼牙の率いる丸蝶党も、そんな思惑の外で存分に武勇を奮った。
若き日の龍雅も戦場を駆け抜ける。
薙刀一本では足りないと、太刀を抜き放ち、あらん限りの力で嵐を作り、間合いに入る敵すべてを斬り捨てていった。
「紅 禄衛門、参上!我と一騎打ちせし猛者はいずこにある!!!」
「熊野守繁、見参!!そなたに一騎討ちを望む者!!」
「いざっ!!!」
あちこちで武勇を示す者たちが一騎討ちに興じる。
狼牙はその中にいて、一騎討ちを望む者を無視するように馬と止めることなく擦れ違い様にその薙刀で首を刎ねていく。
「我こそは青木じろ…!?」
「邪魔だ…。」
狼牙は相手を視界に入れることなく、馬を止めずに首を討つ。
将も兵もその光景に恐れを抱いた。
近付けば首なく倒れ、しかも誇りにもされない。
それどころか容赦なく、無慈悲にただ蹂躙されていく恐怖。
恐怖で兵卒の群れは崩れ始める。
しかし狼牙は追撃をやめなかった。
逃げる兵たちの後ろから首を刎ね、背後から突き刺す。
狼牙は苛立っていた。
稲荷の宗近の言葉がいつまでもチラついていた。
『あなたはあなたの憎む者と変わらない。ただの死神、それも無差別にして無意味に命を刈り取る忌むべき祟り神。あなたが歩もうとする道は、矛盾と破滅以外に先がないのです。』
思い出すたびに彼は奥歯を噛み締めた。
そんな苛付きを狼牙は敵兵にぶつけ続けていた。
彼自身無自覚に。
「待つんだ、カズサ!!いくらなんでも一人で先行しすぎだ!!!」
綾乃がやっと追い付き、狼牙の肩を掴んだ。
「綾乃か。」
「綾乃か、ではない。一体どうしたというんだ。お前らしくもない…。」
「どうもしない。俺は俺の目的のためなら手段を選ばん…、そう決めただけだ。」
「稲荷様と…、何かあったのか?」
「お前が知る必要はない。」
狼牙は顔を背ける。
自分が今何をしているのか、それに気付くと彼は綾乃の顔を直視出来かった。
「…だがいくら何でも深入りしすぎだ。こんな戦程度で不意を突かれでもしたらそれこそ無駄死になるぞ。」
「…わかった。丸蝶党、それぞれの敵を撃破せし後、あの崩れた兵を尽く、ただの一人も残らず滅ぼし、討ち取った首は積み上げ塚とし、敵陣近くに晒せ!我ら丸蝶党、我が名、沢木上総乃丞狼牙の名を聞くだけで恐怖と死ぬようにだ!!」
「カズサ!!!」
綾乃が引き止めるのを聞かずに狼牙は本陣へと引き返す。
綾乃も狼牙の後を追い掛けて本陣へ戻っていった。
わずか50名の騎兵が、雑兵たちを討ち滅ぼし、首を積み上げる。
その光景に恐れを抱いたのは敵だけではなかった。
味方も狼牙に恐れを抱き始めていたのである。
領主、村上益昌は近臣に語った。
「あの傾き者…、沢木の小倅め…。武勇だけでなく、人を惹き付ける何かを持つ厄介な者だとはわかっておったが……。最近、敵を躊躇なく滅するという、げにも恐ろしき知恵を付けおった。わしも下克上で成り上がった身。前領主は明日の我が身とも限らん。そうなる前に……、なんとかせねば……。」
―――――――――――――――
日が暮れて、俺は綾乃の屋敷へと招かれた。
馬の口を取るのは綾乃の屋敷の下男。
「おひぃ様はお待ちですよ。」
「そう急くな。月もない夜だ。お前の提灯だけが頼りなんだぜ。」
「へぇ〜い。」
腰の太刀に付けた鈴がチリンとなる。
子供の頃に綾乃に貰ったものだ。
「沢木様、まだおひぃ様の鈴をお持ちでしたか。」
「……ああ。これがあるとな、いつもあいつと一緒にいられる気がする。綾乃には言うなよ?」
「それはどうしましょうか…。あたしゃ、おひぃ様の下男ですから、おひぃ様に言えと言われれば、言わなければいけませんのですよ。」
「…………今度、酒でも届けてやるよ。」
「えっへっへ、召使仲間も喜びますです、はい。」
そんなやり取りをしているうちに綾乃の屋敷に辿り着いた。
それ程大きくないが、綾乃らしい趣のある玄関。
小さくとも品良く整えられた庭園は、彼女の性格をよく現している。
「では、馬屋に繋いでおきますので…。」
「ああ、よろしくたの……ん?」
下男の尻に見慣れた…、尻尾?
そう、狐の…。
まさか!?
「てめぇ、もしかして!?」
「ほほほ、やっと気付きましたか愚か者。」
「何で下山しているんだよ!!宗近、自分の寺はどうした!?」
頭に巻いた手拭を取ると、そこには見慣れた耳と顔が正体を現した。
宗近はクルリと回ると、下男の粗末な着物から、いつもの美しい着物に身を包み、庭の岩の上に腰掛けて、袖で口を隠して笑う。
「何でここにいるんだよ!帰れよ、クソババア!!」
ゴスッ
腰掛けた岩が紙のように千切られ目にも留まらぬ速さで投げ付けられた。
避け切れずに直撃し
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