やわらかな日差しの中、俺は一人、学園医務室でゆったりと本を読む。
医務室の主、マロウは買い物に出たまま帰ってこない。
おそらく、また賭場に足を運んだんだろう。
だが彼女を責める云われはないな。
もうすぐここは戦場になる。
そうなったら、賭場に通うなんてことは出来なくなるのだからな…。
「ロウガさん、娼館のルゥさんからリンゴの差し入れですよ。」
アヌビスが紙袋を持って、医務室に入ってきた。
「ああ、すまんな。ルゥはどうした?」
「ギルドの方でもゴタゴタしているそうなので、仕事に戻りました。」
「そうか…、彼女たちにも迷惑をかけるな…。」
「そう言うだろうってルゥさんも言ってましたので、伝言を預かっていますよ。『気にしないで。この町とあなたの問題はみんなの問題。』だそうですよ。」
「…あいつは俺のことを何だと思っていやがる。」
目が覚めてから一週間。
俺の職務をサクラに代行させているが、いや、なかなかやりやがる。
学園の裏山からは採掘の金属音が日が暮れるまで響いている。
サクラはこの採掘されたオリハルコンや鉱石の収益で基金を商人たちに承知させた。
俺には事後報告だったが、俺はその報告に満足している。
俺の思った以上の器になりつつある小僧を、俺は嬉しく思っていた。
ああ、これで……、俺も隠居ジジイだな。
「それとサクラ君から、砦建設に必要な木材を発注したいとのことでしたが、私の方で処理していて良かったのですか?」
「無論、構わない。砦をどこに造るのか、どの程度の規模で造るのかなどは事後報告で良いから、すべてサクラとマイアとアスティア、それとアヌビス。お前たちに任せよう。ああ、そうだ…。オリハルコンの鍛冶はいつ頃到着しそうか?」
「砂漠の兄弟社、ヘンリー=ガルド氏によれば明後日にも…。運良く気難し屋のサイプロクスの刀鍛冶が承諾してくれたようです。その他にも人間を含めた様々な種族の刀鍛冶が20名程、私たちの町へ出張してくれるそうです。」
「工房は?」
「急ピッチで作業を進めていますが、ドワーフたちの『D★ワークス建設』が全社員を応援に派遣してくれたので、今日の日没までには完成すると思われます。」
「そうか。なら彼女たちへの礼金は思いっ切り弾んでやってくれ。」
「それはもちろんなんですが、彼女たちは『フラン軒』での飲み放題と、『テンダー』での乱痴気騒ぎを所望していますが……。」
「アケミ姐さんとルゥに交渉するようにサクラに伝えてくれ…。」
あの連中のハメを外した姿を想像すると頭が痛い。
この際だから、サクラに押し付けよう。
「マイアは…、どうしてる?」
せっかく恋仲になったというのに、お互いこんな状況だからなかなか時間が取れないらしい。
「アスティアさんと共にリザードマン自警団を率いて、町を警邏中です。時々、抜け出してサクラ君と会っているみたいなので心配は無用のようですよ。」
「そっか…。」
それを聞いて少し安心する。
あの子は武人を目指しているが、まだ若いんだから…、こんな血生臭い場所からは少しだけでも目を逸らす時間があっても良い。
「ロウガさん、少しお聞きしても良いですか?」
「ん、どうした?」
「最近、高位の魔物に会いましたか?」
「高位の魔物?ダオラ姐さんや、お前には顔を合わせているが…。」
「いえ、それ以外の…。ここ最近、ロウガさんに干渉する高濃度の残留魔力を感じたので…。」
俺は何かそんなことがあったのかどうかを考える。
しかし、思い出せることは何もない。
それに彼女の言う高濃度の残留魔力というものを俺が感知出来ない訳はない。
この身体はすでにそういう魔力を感知出来る身体になってしまっているのだから…。
「……俺から漏れた魔力じゃないのか?」
そう言うとアヌビスは首を振った。
「あなたの魔力かと思いましたが…、同質でありながら限りなく異質な魔力です。」
「だが……、俺には何の覚えもないぞ?」
「………そうですか。私の、思い過ごしであれば良いのですが…。」
では一度連絡のために出てきます、と言ってアヌビスは医務室を出て行った。
再び医務室に静寂が訪れる。
いつだったか、どこかを目指す死者の静寂を思い出していまい、俺は再び読書に没頭する。
ただ、この静寂が怖い。
この世界の人間ではないことを自覚しているだけに、自分の存在が気迫に感じる。
耳に届くツルハシの響く音と鳥の鳴き声だけがこの世界と俺が繋がっていると言ってくれている。
――――――――――――――――
「ただ今戻り……。」
医務室に戻るとアスティアさんがロウガさんの傍で紅茶を飲んでいた。
「ああ、おかえり。ついさっき、ロウガも眠ったよ。」
アスティアさんに手を握られて、子供のように安堵した顔で彼は眠っている。
「…よく眠っているよ。まだ平和なこの時間が、ずっと続いて
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