「おのれぇ…、ファラ=アロンダイトはまだ動かぬのかっ!」
フウム王国国王フィリップは苛立っていた。
戦況は思わしくない。
しかしここで撤退しては、せっかく序戦で得た勢いを殺してしまうとフィリップは考え、撤退を今尚躊躇っている。
すでに前軍は壊滅し、中軍もパブロフが一騎討ちで敗れたことで完全に崩れ、もはや戦線を維持することは不可能であるのだが、彼の中の総司令官としてのプライドが撤退を拒み、兵の命を無駄に散らしてしまっている。
兵が死んでいくのは敵が強いせい、そして中軍にいながら命令通り動かない沈黙の天使騎士団のせいなのだと彼は考えた。
自分の戦略が不味かったのではない。
すべては敵が強く、味方に裏切り者がいたから戦略が破られたと彼は考えたのである。
「所詮、一度は魔物に心を売った男…。あの男の周りもそれに同調する者たちの集まりだということか。何と嘆かわしい…。我が軍にもっとも信仰が薄く、人類を裏切って尚生き恥を…、いや、恥とも思わない破廉恥な者が指揮する騎士団が存在し、それに頼らねばならないとは…!」
本陣をさらに後退させ、見晴らしの良い高台から彼は戦場を見渡す。
すでに混戦状態から、味方が一方的に追いやられている状態。
フィリップは歯軋りした。
しかしどうにもならないこの状況で何を望めようか…、と思案していた。
「父上、何をお悩みになる!私に200の兵をお与えくだされば、あの程度の馬人の群れ、蹴散らしてご覧にいれましょう!」
フィリップに進言したのは彼の8人の息子たちの一人、次男のカールだった。
カールはフィリップの息子の中でも、もっとも勇猛で武の腕確かな王子である。
昨年、王国内で行われたトーナメントで誰も太刀打ち出来い強さで優勝したという経歴があるが、王族相手に対戦者がどれ程の実力を出し切れたのかは疑問が残る。
だが彼はその優勝に自信を付けたらしく、国内の魔物掃討軍の先頭を行くのは常にこのカールであった。勇猛果敢に魔物を攻めるカールの姿は、信仰と強い国家の象徴として王国兵や城壁の内側の人々に賞賛され、しばしば彼の勇士は詩に読まれたくらいである。
「おお、カールよ…。そなたのように信仰と勇気ある者が、我が軍の中にもっといてくれたならこのような結果にはならなんだのに…。」
「戦場に涙は禁物…。それにしても腑抜けはあのアロンダイト親子でございます。魔物如きの伏兵など神の信仰があれば、容易く破ることが出来るものを…。あれでも騎士団を預かる男だと思うと、顔から火が出る程恥ずかしい…。父上、どうか私に兵をお与えください。我が師、パブロフ殿の仇を討ちとうございます!」
長男よりもフィリップはこの次男を寵愛していた。
長男は彼に似ず温厚で柔軟な性格をしていたが、軍事に関心があまりなく、フィリップの強行的な対魔物政策を批判していた。長男は強行的な魔物政策はいつの日か大きな反動となって、逆にそれが自分たちを滅ぼす危険性を説き、もっと柔軟な政策に切り替え、彼らの不満を取り除いていくべきだと父、フィリップと対立していたのだが、フィリップは敗北主義者、修正主義者と長男を罵り、いつも争いが絶えなかった。
そういう経緯もあって軍事に並々ならぬ関心を持ち、フィリップ同様に魔物の存在を憎み、神の定める法こそがこの世でもっとも尊ぶべきものと信じる次男カールこそ後継者として相応しい、彼は見ていたのである。
「よし、そなたに兵300を預けよう。見事魔物どもを討ち取り、パブロフの魂を慰めよ!」
「はっ!見事魔物どもを討ち取り、裏切り者アロンダイト親子も討ち取ってみせましょう!!」
しばらくして編成された300の兵を引き連れ、カールは本陣を飛び出した。
フィリップは満足していた。
犠牲は大きかったが、これでやっとこの地での勝利を収められると…。
―――――――――――――――――
「え、援軍だ!援軍が来てくれたぞ!!」
カールの率いる軍を見て、兵士たちが喜びに沸き立った。
そしてその先頭を走る騎士が王子、カールであることがわかると一層彼らは喜んだ。
王国内でも屈指の勇者が自分たちを救いに来てくれたと喜んだ。
「皆の者、よくぞ踏ん張った!さぁ、これより反撃に…!」
その言葉が終わらないうちに歓声は悲鳴に変わった。
空を隠すように黒い屋根が飛ぶ。
ゆっくりとその屋根は、鋭い雨となり降り注ぎ、彼らを貫いた。
数え切れない矢の雨が彼らから希望を拭い去った。
援軍として到着した300の兵が膝を突き、戦場に取り残された兵もバタバタと倒れていった。
鎧を貫き、兜を射抜き、無防備な頭上からの襲撃にカールは驚愕した。
彼の馬が、頭を射抜かれて絶命する。
力なく崩れていく愛馬からカールは転げ落ち、頭を打ち付けた。
「うぅ…。な、何が…!?」
「カール王子…、ご、ご無事でしたか…
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