フウム王国国王フィリップの直筆の日誌が残っている。
彼は几帳面な性格であったらしく、戦場においても日誌を付けるのを忘れていなかった。
これは通称、『クゥジュロ草原の分岐点』の日付の日誌である。
『私はこの戦争の勝利を確信していた。
神は我々を選んだのだと信じていたのだ。
序戦は圧倒的に我らに有利だった。
しかしやつらは、あの汚らわしい馬人どもが、
私の兵たちを蹂躙した。
我らの矢はやつらに届かず、
やつらの矢は我らを貫き、前線は完全に崩壊した。
将兵が尽く倒れ、
(意味不明の文字を数行に渡って書き殴っている。)
馬人が将軍たちを討ち果たした。
中軍に殿を任せたものの、
戦況はあまり変わらなかった。
私はこの日を生涯忘れないだろう。
裏切り者が我が軍の中にいて、
私の大事な(文字が乱れて解読不能)れたのだから。
私はやつらを、魔物をこの地上から駆逐するまで
戦い続けることを神の名において誓う。 』
――――――――――――――――
クックが疾る。
身を低く、まるで飛び跳ねるように、地を這うように疾る。
フウム王国兵の剣が彼の首を狙う。
土煙だけを残して、スレスレを飛び越え、その顔面を蹴り飛ばす。
彼の足の甲に鼻の潰れる感触。
兵士は反射的に身体を丸めて、痛みを叫ぶ。
彼は殺さない。
常に手加減して必要最低限の力の行使をする。
彼が全力を出して、右腕の魔力を解放すればフウム王国程度の兵力、兵数であれば一瞬で殲滅してしまうだろう。
だがそれは彼の望むところではない。
彼のこの戦にかける望みは、ただ圧倒的な力の前に彼らフウム王国を撤退させること。
彼なりに非常に甘い理想だと自覚はしていても、ただそれだけを求めて力を付けた彼の曲げられない信念である。だから唯一武器として役立つであろう短剣も、防御のために抜いた程度で、すべての攻撃は手加減の出来る素手であった。彼の進撃により死者は出ていないものの、王国側の兵は徐々に遠巻きになり後退し、いつしか逃亡者まで出始めている。
「…うぅ。」
うめき声に彼は足を止めた。
その視線の先には、足を負傷し動けなくなった兵士が震える手で剣を構えている。
ひしゃげて割れた鎧が足の皮膚を突き破っていた。
どうやらケンタウロスの突撃に踏まれてしまったらしい。
「お、おのれ…、あ…、悪魔め!」
逃げることの出来ない彼が取った行動は、ありったけの力と勇気を込めた強がりであった。
クックはそれを見て、構えを解いた。
「何故構えぬ!我らを滅ぼすのがお前たち悪魔なんだろう!?」
「違うよ。俺たちは、お前たちが攻めてくるから戦うだけだ。ケンタウロスの彼女たちも、他の魔物たちも、そしてお前たちが攻め滅ぼそうとする町の連中も俺たちを滅ぼすなんて気は更々ねえよ。教会の保守的な人間至上主義に犠牲になるのはいつも彼女たちの方なんだ。だから俺はお前を殺さない。お前たちを殺さない。俺に剣を向ける暇があったら、神に殉じるなんて、馬鹿はやめて逃げなよ。そうでないと、本物の死神がお前を連れて行くぜ。」
兵士は呆れたようにクックの顔を見ていた。
「…俺は事情があって、治療の魔法が使えないからこれを使いなよ。大した効果じゃないけど、気休めにはなる。」
クックは男に傷薬を渡す。
「……良いのか?魔王に対する裏切りじゃないのか?」
「お前、俺が魔王の手先と思っているのか?俺は確かに魔物たちが好きだ。でもな、魔王に忠誠を誓っている訳じゃない。忠誠を誓ったやつ以外に救いの手を差し伸べないせこい神様と一緒にしなさんな。」
じゃあ、長生きしろよとだけ言ってクックは再び走り出した。
兵士はその傷薬を見詰めながら、ぼんやりと口を開いた。
「俺たち、思い違いをしていたのかも……………。」
その言葉が、最後まで続くことはなかった。
流れ矢ではなく、明らかに彼を狙った矢が、彼の額を打ち抜いていた。
――――――――――――――
前線が崩壊して死体だらけの荒野で俺、アンブレイ=カルロスと仲間の諜報員が起き上がる。
「やれやれ…。」
まったく、まさかこんなところでクック=ケインズと出会うなんてな…。
アイツのことだからどこかで出会うとは思っていたが、こんな中立地帯にいやがったとは…。
親魔に目覚めそうだったあの男は始末したが、アイツはいつだってそうだ。
アイツに出会ったやつはみんなアイツに影響されてしまう。
「…あまり好き勝手に動くな、アンブレイ。」
「うるせぇな…、どうせわかりゃしねえ。」
仲間がうるさい。
短剣を抜き、喉に突きつける。
「良いか。俺が隊長でお前は部下。OK?」
「だ…だが…、俺たちの仕事は王国が秘密裏に何を作っていたのかを探るだけ…!」
「ああ、その通りだ。だがよ、この戦で手柄を立てればどうなる?俺た
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