第三十五話・自称聖戦へ

「我々はついに成し遂げた!
長き屈辱の日々は本日を以って終焉とする。
否、今日この日が始まりなのだ!
今こそ我らは悪魔どもと同胞としての仮面を脱ぎ、真の正義の執行者、神の兵へと戻るのだ!
我らの兵力はわずか三千…、されど誰もが一騎当千の兵であると余は信じて疑わぬ。
そして、我らには切り札がある!
諸侯よ、恐れることはない。
我らは神に命を捧げた真の信仰に生きる者。
さらにこの日のために開発された兵器を使えば、世界はやがて目を覚ますであろう。
真の敵は何なのか!
真に憎悪すべきは何なのか!
真に討ち滅ぼすべき悪魔を世界は知るのである!
さすれば我らは三千の兵ではない。
大司教の名の下に!
神の名の下に!
真の正義の名の下に!
地平は悪魔たちを滅ぼす神の兵で埋め尽くされる!
神に逆らう者を滅ぼすのだ。
この地上に神罰を打ち立てろ!
反逆者などに一片の情もくれてやるな。
剣を突き立てよ、槍で貫き通せ、杭を打ち込み晒して見せしめにせよ!
それは神が遣わす光のように、
それは神が放つ威光のように、
それは悪魔を討つ天使のように、
過激に、
過酷に、
苛烈に、
壮絶に、
凄惨に、
壮麗に、
荘厳に、
華麗に、
豪勢に、
慈悲深く、
無慈悲に、
絵画的に、
神話的に、
詩的に、
この世のすべての言葉を使っても足りぬ程、我らの偉業を後の世まで詠わせよ。
我らこそ神の代理人。
大司教に付き従う我らなくして真の正義は成就せぬ!
…アミット伯爵!」
「これに!」
「汝は五百の兵を先発隊と率いて、ヴァルハリア御国に出向き、大司教猊下及び教会騎士団の方々と連携を取り、砂漠のオアシス都市にて我らと合流せよ。粗相はならぬぞ。最高の礼を以って接し、大司教猊下に絶対の忠誠を誓うのだ。」
「御意。」
「残りの諸侯は私に付き従い、残り二千五百の兵を伴い行軍してもらう。中立地帯を次々落とし、その兵力を吸収し、まずは教会領を広げるのだ。そして砂漠を越え、オアシス都市にて猊下とも合流し、一気に怨敵を討つ!我らが勇者、オルファンを卑怯にも不意打ちで砕き、神の威光を傷付けし、あの男を生かしておいてはならない!良いか、戦線を名もなき町へ広げつつ勇壮無比の戦いを世界に見せ付けるのだ!
我、フウム王国国王フィリップ=バーントゥスクルの名において宣誓する。
我らは神の国成就のために、決して降らず、決して進撃を緩めない。
諸侯らに神の御加護があらんことを!
兵よ、武器を取れ!
この世の不条理に鉄槌を!
あの朝日は我々のために存在するのだ!!!」

城のバルコニーから国王フィリップが放った演説である。
歓声が上がり、狂喜する声が城壁の中を埋め尽くした。
ある者は感動に打ち震え、
ある者は涙を流して、大地に接吻し、
ある者は神の書を抱きしめ、空に祈り、
ある者は抱き合って喜びを感じあう。
しかし、彼らは知らないのだ。
オアシス都市がすでに滅び、すでに廃墟となっていることを。
そして彼らがオアシス都市を選んだのも、すでに住人が反魔物派の手に落ちたという古い情報に則って、自分たちが軍を進めれば歓迎して受け入れるという安易な打算による宣戦布告であることも。
中立地帯を落とすという前提がすでに破綻していることも。
それによって兵力を削り、行軍速度が鈍り、兵糧を無駄に減らしていくだけであることも。
さらにヴァルハリア国内において、復讐に燃えたダオラが暴走し、その鎮圧のために繰り出した教会騎士団の、その約3割が戦死し、兵力的にもはや軍とも言えなくなっていることも。
そしてこの大々的な宣戦布告が、他の反魔物国家においてもあまりに軽率であると、参戦を敬遠されることなど、彼らは考えもしなかった。
サクラが町を旅立ち、砂漠が滅んでちょうど1年と3ヶ月経った夏の終わり。
サクラは教会領内でまもなくダオラと出会う、そんな季節のことであった。


――――――――――――


「……何だ、…この、…熱気は。」
男の名はファラ=アロンダイト、32歳。
王国所属ではなく本来拠点を置いていた地が十数年前に滅びたため、当時からの部下や仲間を引き連れ、王国の庇護の下で生き長らえる、沈黙の天使騎士団団長。
彼は元々熱心な信仰者だった。
見えもしない神へ忠誠を誓ったのではない。
彼は彼だけの神…、いや女神にかつて忠誠を誓った。
彼女はエンジェルだった。
彼女を守護するために騎士団を結成し、その身体を彼女のために盾とし、彼女のために剣を血に染めた。
それが、いけなかったのか、今となってはわからない。
そうした熱狂的な信仰がやがて彼女の良心に影を落とし始めた。
そうとも気付かず、ファラは盲目的に彼女の敵、神の敵を滅ぼし続けた。
そして、まだ若かった彼にとって、信仰はやがて愛へと変わるのに時間はかからなかった。
彼女もまた自らのため
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