放っておくつもりだった。
鎖に繋がれた少女を見るまでは…。
『―――――!!!――――!!』
何を言っているのか言葉が通じない。
それでも彼らは俺に怒りを露わにしている。
俺の足元には鋼の甲冑に身を包んだ兵士が一人、血を流して倒れている。
俺の太刀は彼の血で赤く濡れている。
仲間を殺されて、同じ甲冑に身を包んだ男たちが一斉に剣を抜く。
俺の後ろには人外の少女がいる。
重い鎖が身体を押さえつけ、右目を抉られ、四肢を砕かれた少女。
見るに耐えない乾ききらない傷は、過酷な拷問を受けた証。
陵辱を受けた痕がさらに痛々しい。
「大丈夫、すぐ、終わらせる。」
彼らとも言葉が通じないのに、少女に言葉が通じるとは思えない。
それでも鎖ごと抱きしめて、子供をあやすように背中を軽く叩く。
三人同時に斬りかかってきた。
腕が剣を持ったまま、飛んでいく。
何が起こったのかわからなくて、飛んでいく自分の腕を見つめる男。
何が起こったのかわからないまま、ポロリと落ちる男の首。
鋼の兜ごと顔を叩き割られて、間抜けな顔で死んでいく。
大地が赤く染まった。
後十二人。
日が沈む前には…、片付くだろう。
奇妙な光景だった。
絶望、恐怖、怨み、人間が死に臨むであろう感情が張り付いたままの死体の野に、少女と俺が夕焼けの中で佇んでいる。鎖を解き、砕けた四肢に添え木を当て、着物を破いて包帯の代わりとして、応急処置を施す。少女は何も着ていなかったので、俺の着物を羽織らせている。少女をトカゲの化身だと思った。だが本来力強く大地を蹴っていたと思われる脚は無残に砕かれ、腕も関節から砕かれ力なくダラリと落ちている。尻尾もズタズタに斬られ、傷口が膿んでいる。
何故、彼女を助けたのだろうか。
このような幼い少女が、過酷な仕打ちを受けているのを見て、妙な正義感を抱いてしまったのだろうか。答えはわからない。
少女の表情はない。
感情そのものを壊されてしまった…、そう感じた。
とりあえず、来た道を戻って町に行って医者に見せよう。
そう思って立ち上がった時、空から翼を持った女が舞い降りた。
後になって言葉を覚えた時、それはハーピーと呼ぶと知った。どうやら少女を探しに来たらしいことはわかった。だが、言葉がわからない以上、それ以上のことは俺にはわからなかった。彼女がこの大陸の言葉で話しても理解が出来なかったので、俺は耳が聞こえないフリをした。
すると、彼女は目を閉じて額を合わせて、
『アリガトウ。コノ子、大丈夫。絶対、良クナル。』
と、頭の中に直接語りかけた。
そしてハーピーは遅れてやってきた仲間たちと共に、少女を連れて飛び立っていった。あの少女が無事回復出来たのか、もう、今ではわからない。
「夢…か。」
頭が重い。
時々思い出すようにあの頃を思い出す夢。
懺悔と後悔と後味の悪い悪夢。
夢見の悪さで頭が重い分、身体は軽かった。やはり野宿で岩の上に寝たり起きたりするよりは、やはり布団で寝るということに比べたら雲泥の差、という訳らしい。
「さて、今日は元気に仕官先でも探しに町に出ますかね……え?」
「あ。」
身体を起こすと、部屋の中にルゥがいた。何故かドレスを半分脱いで、上半身裸、つまり彼女の隠しきれない美しい乳房が惜しげもなく晒されいる。手には大きな手提げ籠を持ち、中から何やら透明な液体の入った瓶や、大きな蝋燭、縄、革の帯、巨大な注射器、各種様々な鞭、張り型などが見え隠れしている。
「……。」
「……。」
ルゥは何事もなかったかのようにドレスを着直し、乱れた髪をまとめ、咳払いを一つすると、
「朝食の準備が出来ていますので、ロビー奥のサロンまでお越しくださいね。」
といつものやさしい微笑みを浮かべて、深々と頭を下げ、部屋の扉を開けた。
「…チッ。」
……俺、寝惚けているんだな。疲れているんだな。だからあんな夢も見るし、よくわからない幻影に怯えるんだな。
そうだ、二度寝しよう。
疲れている時には二度寝を……、い、いや、いかん!
冷静になれ、寝たら終わりだ!
そんな自問自答を繰り返し続ける朝だった…。
――――――――――
あっという間に娼館に泊り込んで早2週間。
俺の貞操は無事守られ続けているが、仕官先はびっくりするほど断られる。
今日も武官の不採用通知が届いて、これで26通目。
いや、職にあぶれるのは日の本にいた頃からと変わりがないが、そろそろ懐のほうが寒々しくなってきたので、さすがに危機を覚えてきた。店主のルゥには宿代を大幅にまけてもらっているのだが、収入がなければ減っていく一方な訳で…。
「今、景気は良いですからねぇ。戦も少なくなりましたし、武官や兵士の人員がどんどん減っているみたいですよ。」
というルゥの慰めも余計に心を抉る。
しかし、ウジウジ悩んでいてもしょう
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