第三十二話・ジュネッスブルーBKilling Field

あれはあれで安らぎの日々だった。
我の守る宝物の噂が一人歩きし、いつしか幾人もの自称勇者が我を討ちに来た。
我が守っていたものなど…、先祖の墓だったのに…。
だが、我は負けなかった…。
たった一人を除いては…。
『…立てるかい?』
その男はボロボロになりながら、私に手を差し伸べた。
男は教会直属の騎士団に所属する騎士だった。
『…貴様は魔物が憎いのだろう?ならば、我が首を取り手柄とするが良い。』
男は首を振った。
『首を取るのは簡単だ。でもさ、俺はお前を殺したくない…。変な話だけどさ、俺…、お前と戦っているうちに、お前のことが好きになったらしい。』
照れたように男は笑った。
何とも言えない良い笑顔だった。
『…お前さえ良かったら、俺と一緒に生きてほしい。俺は騎士団の人間だが、人間とか魔物とか…、俺たちの信じる神様なんかどうでも良くなってしまったよ。俺は…、お前という存在に生きてほしいんだ。』
逆らえる訳がなかった。
こんな男に…、我が逆らえるはずがない。

…それから季節が変わった。
『本当に…、子供が!?』
『ああ、腹は目立たぬが我が腹の中で育っているぞ。』
誰よりも喜んだのは父親になった男。
『幸せにするぞ。魔物を殺して生きた俺のせめてもの罪滅ぼしだ。この子とお前…、ダオラは俺の手で幸せにしてみせるぞ!』
『ああ、期待しているぞ。』

…さらに季節はすぎていく。
『ぱ……ぱ……?』
『おい、ダオラ!喋った…、喋ったぞ!!』
『うん、良い子だな…。我とそなたの娘だもの。これくらいは当たり前さ。』
『よし、パパが子守唄でも歌ってやるか。』
『やめておけ…。そなたの歌は聞くに堪えん。』
『何を言う!娘への思いやりだ!』
本当の安らぎの日々が始まったのだと…、信じていたのに…。

『それじゃあ、我は同族の集いへと行ってくる。』
『ああ、任せておけよ。ご飯だって、おしめだって、俺はプロだぜ。』
『あ〜ぶ〜。』
『はは、この子も、いってらっしゃい、だってさ。』
『うん、なるべく早く帰る。』
『気を付けてな。』
何気ない会話。
いつも通りの口付け。
これが…、私の安らぎの終わりだった…。


異変に気が付いて、住みかへ帰ってみれば…、そこにいたのは無数の狂人の群れが略奪と破壊を繰り返していた。
『裏切り者を討ち取ったぞぉぉぉー!!』
『神の反逆者どもを根絶やしにしろぉぉぉー!!!』
槍の先に突き刺さった…、あの人の首。
首のない胴体に何度も剣を突き刺す群集。
先祖を埋葬した墓所は、人間どもに破壊されていた。
教会の神父が祈りの言葉を口にしながら、遺体と共に埋葬された装飾品を奪い、人々に分け与え、祝福をする。
先祖の遺体は無残に砕かれ、焼かれ、その影もない。
彼らは我の存在に気が付いた。
『おお、ドラゴンだ。ドラゴンが戻ってきたぞぉぉー!!』
『恐れることはないのだ、我らはすでに神の国へと約束されている!』
『裏切り者も討ったのだ。こやつとて討てぬ敵ではない!!!』
娘の…、娘の姿が…、見えない。
血の気が引いた。
あの子を失うことが怖くて、愛する男が殺されて、我という存在がその祖先から否定されて…。
『…汝ら、娘は…、娘はどこへやった!!!』
『汚らわしき者が我らと同じ言葉を駆るな!』
『貴様などに教えてなるものか!』
『そうだ、これは崇高な神の儀式なのだ!』

何をどうしたのか覚えていない。
気が付いた時には、我は全身返り血を浴びた姿であの人の首を抱いて飛んでいた。
彼が美しいと言ってくれた白銀の甲殻は…、赤く黒ずんでいる。

我の住みかの麓の村だった。
かつてはリザードマンが暮らした村。
中立地帯に存在した、奪われた村。
存在するのは死者のみの村。
誰かが死んだ彼女たちを葬って、墓石の平原だった場所。
人間たちは7年前にそこに移住して来て、村を作っていた。
それ以来、墓石は破壊され、死者は虐げられている。
そして勝手に我を恐れた。
村の中央の広場で人だかりが出来ている。
その真ん中の祭壇に…、娘が寝かされている。
男が…、斧を振り被っている…。
『やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』
娘の下へ急降下する。
我の姿に人々が怯える。
斧を構えた男も一瞬すくんだ。
これなら間に合う!
せめて娘だけでも助けねば…。
後少し、後少しだ…。
すると司祭が男から斧を奪い取る。
『この娘の血を以って、我らが神への祝福となさん!!』
薄汚い金属が…、柔い娘の首に滑り込み…、ごろり、と…、落ちる…。



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
息を荒くして目が覚める。
腕の中には朽ちた娘の首と夫の首。
やさしい夢は悲しい現実に強制的に戻される。
せめて…、あの日の温もりを…。
思い出すように我は彼の歌ってくれた歌を歌い続ける。
彼女たちならわかってくれるだろ
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