第三十一話・ジュネッスブルーA迷いの森

『見よ、あそこに起立する白銀の龍を。
 見よ、かの龍を守らんとする裏切り者を。
 剣を取りて、我らの英雄を切り裂く反逆者。
 鋭い爪で、神の戦士を切り裂く白銀の龍。
 忘れてはならない。
 かの者たちに、報復を。
 忘れてはならない。
 我らは神に従い、神に平伏し、唯神の許しを請う者であることを。
 神の言葉を忘れた裏切り者、
 神の言葉に背いた堕落した者を、
 我々は許さない。
 骨の一片、血の一滴もこの世にあってはならない。
 
 されば神の使命を忘れぬ、気高き勇者たちよ。
 我らは剣を取り、
 かの者たちの首を神に捧げよう。
 命を惜しむ必要はない。
 この命でさえ、穢れし者を討つために神に与えられたものなのだから。』


この一節の文章はヴァルハリアにおいて広く読まれた唯一の娯楽、騎士物語の中のドラゴン退治における一文である。
農民たちに文字は読めない。
だからこそ、教会の牧師が、司祭が、物語は彼らの口を借りて、より過激に解釈され、より洗脳的に人々に広がっていった。
人々はより道徳的に、より狂気的にその御言葉を胸に刻み、人々は魔物を憎む。
理由はなく、ただ自分たちの信じる神の敵なのだとぼんやりと認識し、狂気的に彼らを殺さなければいけないのだと使命を燃やす。
農民でさえこうなのだ。
これが騎士であれば、どれほど過激であろうか…。
その彼らの情熱の源であった一文が、やがて悲劇を生む。


彼女は歌っていた。
歌は得意ではなかったのに、幼い頭蓋のために歌い続けた。
歌を歌っている間だけ、彼女はここにはいない愛した人と一緒にいられた。
彼女は翼で頭蓋が濡れぬように傘にする。
その歌声はこの子のために…。
彼女はこの場所を離れない。
村を焼き尽くし、村人を殺戮し尽くし、悲しみのままに世界を呪う。
白銀の甲殻を持つドラゴンが死者の眠る丘で一人泣き続ける。


――――――――――


さっそくだけど、迷った。
人の目から逃げるために森に入ったのは良いけど、見事に迷ってしまった。
引き返そうと思って引き返したはずなのに、何故か同じところに戻ってしまった。
もうどれくらいグルグル回っているだろう。
すっかり日が暮れてしまった。
暗い森の中を手探りで進む。
本当はどこかで腰を下ろして休んだ方が良いのはわかっているのだが、こう森が鬱蒼と茂っていては休める場所なんてない。
「…!サクラ、見ろ、明かりだ!」
マイアさんが明かりを見付けた。
僕らは慌てずに明かりを目指すが、あそこにいるのが僕らにとって敵なのかもしれないと、僕らは慎重に足を進める。
目が慣れてくると、そこにいるのは大剣を背負った男が一人。そして…、後ろからしか見えないけど、あの尻尾はリザードマン?
「やぁ、焚き火に釣られて来なすったかね、ご同輩。」
男が振り向きもせず声をかける。
気付かれないように気配を消していたのに、彼は僕らの存在を感じ取った。
「何、気になさるな。ここにいるのは反魔物のクズじゃあねぇ。ここにはおたくの連れと同族の女もございやす。早くおいでなせぇ…、今夜はたぶん冷える…。」
「あ、その…、ありがとうございます…。」
言葉に甘えて、普段通りの足取りで彼らに近付く。
「どうも…、こんばん……。」
「ああ、ゆっくりしていって…。」
驚いた。
そこにいた男は僕と同い年くらい…、僕とよく似た顔をしていた。
「どうした、サクラ…、おお…、これは…、よく似ているな。」
マイアさんも驚いている。
大剣を背負った男の横にいるリザードマンも目を丸くしている。
「…君に似ている、いや、そっくりじゃないか。なぁ、ロ…。」
「いやいや、何でもねぇ。まあ、ゆっくり休んでくれ。そうだよな、『ティア』!」
「…ああ、そうだな。」
男は僕らにコーヒーを勧めてくれた。
ありがたい…、暖かい食べ物なんて…、何日振りだろうか。
「ありがとうございます。僕はあなた方が『名もなき町』と呼ぶ町から来ました、サクラと言います。この人は…、僕の大事な人で、マイアさんと言います。」
「よろしく。マイアです。」
「私は…『ティア』と申します。お会い出来て光栄です、マイア様。」
「え…?様…?」
「あ、ああ…、その…、お母様のアスティア様のご息女ということと、あなたの剣の腕は我々リザードマンの間ではあなたのことも有名なのです!お気になさらず…。」
ティアと名乗った女性は何故か慌ててマイアさんのことを話す。
ああ、でも僕たちって結構有名なのかもしれない。
教会からの指名手配受けてるし、つい最近も反魔物の襲撃者に襲われたばかりだ。
「安心しなせぇ。先程も言いやしたが、俺たちぁ反魔物のクズじゃあござんせん。それに…、やつらはここまで襲っては来やせんぜ。何せここは迷いの森と言いやしてね。やつらも忌み嫌う魔性の森、ここで迷う
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