「落ち着いたか?」
エレナの胸の中で泣き続けて、しばらく時間が経った。暖かい日差しはもうなく、夜の冷たい風が吹いている。
「あ、ああ、すまない…。」
「…ふふっ、涙と鼻水は拭いておけ。せっかくの男前が台無しだぞ。」
「…世辞は、いい。」
袖から懐紙を出して、盛大に鼻をかむ。周りからクスクスと笑われているが、気にしないで鼻をかみ続ける。
見れば、エレナのマントが鼻水と涙で大きく濡れていた。
「すまん。大事な…、マントだったんだろ?」
「気にするな。それよりお前に頼みたいことがある。」
真剣な顔をするエレナ。
「私と……、戦ってほしい。もちろん一騎打ちだ。」
「どうして……、俺なんだ?」
「ロウガが強いから。それだけで十分だ…、今は、な。」
そろそろ夜は冷えるから持って行け、と彼女は自分のマントを俺に羽織らせた。マントの下の身体は鋼の西洋甲冑を纏っていた。よく鍛えられた身体は健康美を感じさせる。
「…私は町外れの廃墟になった教会にいる。そこでロウガを待っている。あまり待たせるなよ。もう…10年もあなたを待ち続けたのだから。」
彼女の伸ばした腕。不自然な傷痕が両腕に付いている。
「十年…!?それにその腕…!」
俺の言葉が終わる前に、まるで風のようにエレナは消えていた。
「エレナァァァ!!!」
『ギルドの依頼書の高額報酬ページを見ろ。そしてギルドのクエストを受けてくれ。そうすれば、あなたは罰せられない。』
風に紛れて、エレナが告げる。
俺は、息を切らせて宿に戻った。
――――――――――
受付には誰もいなかった。
こんな時に、ルゥは客の相手をしているのだろうか。ロビーにいても、店の女の子の艶声が響いてくる。もし、いつものような状態であれば、ルゥに一人用意してもらうところだが、今日はそれどころではない。
ルゥの私室に走る。
おそらく、ここにギルドの依頼書があるはずと踏んで勢いよく扉を開ける。
「らめぇ、お姉ちゃん!ぼく…、も…もう!」
「良いのよ、お姉ちゃんの中にいっぱい出しても良いよ。」
「あ、あーーーー!!!」
バタン
致してる最中でしたか。
まさか俺を諦めたと思ったら、あんな年端もいかない少年を手篭めにしていたとは…。後々問題にならないことを祈ろう。
とりあえず、ルゥの自室には入れないので自力で他を探すことにする。しかし、どこを探してもギルド依頼書の帳簿は見当たらない。
探さなければいけない。
俺には…、それが義務なのだと感じる。
「くそ…、どこに仕舞ったんだ!?」
「ギルドのクエスト依頼簿ですね、お探しのものは。」
いつの間にか、事を終えて心持ち紅潮したルゥが後ろに立っていた。傍にはさっきルゥの下で鳴いていた少年がすがり付いている。俺もあの誘惑に負けていたら、ああいう風になっていたのだろうか。
「ルゥ、悪いがあまり時間がない。依頼書の高額報酬のページを見せてくれ!」
「…そう、エレナに会ったんですね。」
「ああ、会った。お前の幼馴染だと言っていたが、あいつはどういうヤツなんだ。そもそも、どうして…あいつの腕に…、死んだはずのあの娘と同じ傷痕があるんだ!」
「……エレナは死んだって言いましたのね。ええ、そうですね。死んでいると言ってもよろしいかもしれませんね。いいでしょう、私の部屋にいらっしゃってください。全部、教えてあげましょう。そろそろ、時間切れのようですし。」
「ルゥ、お前はその微笑の裏でどこまでのことを知っているんだ。」
「あなたが知りたいと思うことすべて、と言えば気がお済みになりますか?それもあなたの中で半ば答えの出ている疑問の、あなたの回答も…。ひどく詰まらないことばかりですよ。」
再びルゥの部屋の中に入る。先程までの情事の残り香が鼻をくすぐる。
「はい、目的の依頼書です。どうぞ、お確かめください。」
それは昼間見た分厚い本ではなく、糸で括られた数枚の冊子だった。
「薄くなったな。」
「そろそろエレナとあなたが接触するだろうと思っていまして、あの子に関するページだけ抜き取っておいたのですよ。私なりにまとめたメモも挟んでいますので、それと照らし合わせれば、すべて理解出来ると思います。」
そういうとルゥは少年を連れて部屋を出ようとして、扉の前ですれ違い様に立ち止まる。
「…おそらく、読んでしまった後はあなたの予想通りですよ。それでも読んで、彼女の元に行く勇気はありますか?」
「心配してくれてありがとう。だが、俺は行かねばならない。きっと…、俺がこの町に辿り着いたのも、あの日のケリを付けろと何かが言っているんだと思う。俺はすべてを知った上でエレナの元へ行く。あの娘の鎖は俺が切らなければいけない。あの娘は…、まだあの日の鎖に苦しんでいる。」
「わかりました…。そこまで言われてしまいましたら、私から何も言うことは何も
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