ロウガは一人学園長室に泊まり、私は家に帰った。
家に帰ると灯りがない。
マイアが帰っているはずなのに…。
「ただいま。」
ドアを開け、声をかけるが返事はない。
ランプに火を点け、部屋の中に火を灯す。
すっかり日付が変わってしまった…。
「せっ…、やっ…!」
庭の方でマイアの息遣いが聞こえる。
風を斬る音、ああ、外で稽古していたのか。
窓から覗いて、娘の後ろ姿を確認した。
「ただいま、マイア。」
「あ、母上…、お帰りなさい。」
「全然駄目だね、雑念だらけだ。」
「……そう。」
目が赤い。
ついさっきまで泣いていたのだろう。
悲しさを紛らわしたい一心で身体を動かしていたのだろう。
「おいで、今夜は遅いからもう寝よう。お風呂を沸かすから、手伝っておくれ。」
「母上は、先に休んでください…。私はもう少し身体を動かして…。」
「悲しみはそんな方法じゃ晴れないよ。それは根本的な解決じゃない。」
「母上は…!!」
「わかるよ。だからおいで。お風呂に入りながら教えてあげるから。」
「わかんないよ!母上みたいに幸せな人に…、私みたいに好きだった人に、拒絶された女の気持ちなんか…、わから…ない…よ……!!」
堪え切れずマイアはボロボロと涙を流した。
「やっと…、好きだって言えたのに…、本気で…、私だけを見て…、くれたのに…!ずるいよぅ……、こんな気持ち……、初めてだよぉ……!」
ロウガが作った縁側から庭に下りる。
しゃっくりとまともにならない言葉でマイアは泣き続ける。
娘に近付き、やさしく抱きしめる。
「やだよぉ……、サクラに………、嫌われたくないよぉ…!」
「あの子は、マイアのことが好きだよ。好きで好きで堪らなくて、自分を信じられなくなっただけだから、大丈夫…。さぁ、もう遅いから、お風呂に入ろう。そのままじゃ、顔を腫らして彼を見送らなければいけなくなる。」
娘の弱々しい姿…、こんな姿を見たのはいつ以来だっただろうか…。
―――――――――――
かこーん…
「落ち着いたかい?」
「……うん。」
身体の石鹸の泡をお湯で流す。
ロウガと結婚して、彼のいたジパングでの習慣を知るまで、お風呂に入って一日の疲れを取るなんて発想はなかったなぁ、としみじみする。
「…母上、いつ見てもすごい傷だよね。」
「ああ、そうだろう…。でもね、ロウガはこんな私を綺麗と言ってくれたんだよ。」
あの日から消えない傷。
四肢を砕かれたあの日の傷は薄くなることもなく、今でも醜く残っている。
尻尾にも歪な切断された痕。
今では再生したが、他のリザードマンに比べればいくらか短い。
身体中の刃物傷もいくらか薄くなったが、それでもまだまだ目立つ。
「マイア…、今日は少しだけ昔話をしてあげよう…。彼が自分の覚悟に疑問を持ってしまったのも…、そもそも私のせいかもしれない…。」
「母上が…?」
「マイア、お前は疑問に思ったことはないかい?自分に兄弟がいないこと、他のリザードマンの家では子沢山なのに何故うちだけ、自分一人なんだろうって。」
「…それは父上が歳で、二人目を出来る程性がないって聞いたけど。」
子供の頃、一度だけ兄弟が欲しいと駄々を捏ねた時に教えたこと。
「本当はね、私が子供を産めない身体だったからなんだよ。」
「え、でも…、じゃあ、私は…!?」
「正真正銘私たちの子供さ。奇跡的にね、マイアだけ授かったんだよ。その頃のロウガの狼狽っぷりは今思い出しても笑えるよ。お腹にマイアがいるとわかった途端、私はお姫様待遇さ。どこに行くにも常にロウガが付きっ切りで、私がクシャミ一つしようものなら、夜中だろうと医者を叩き起こしたりね。」
「あはは、今じゃ想像も付かないね。」
思えば、今まで知らなかった幸せの破片をロウガは、私のために必死になって集めようとしていたのかもしれない。
「でも、何で子供の出来ない身体になったの?病気だったとか…?」
「病気だったら…、良かったかもね…。」
「…そうなの?」
「…私が生まれた村はね、私が8歳だった頃、反魔物勢力の侵攻を受けてね…。その日、たまたま村を出ていた数名を除いて全滅したんだよ。その死んだ人たちの中には私の伯母さんもいてね…。」
「母上は無事だったんだ…。」
「無事と言えば無事だったね。両腕両足を万力で砕かれて、自慢の尻尾を切れ味の悪い斧で何度も叩かれて、面白半分に刃物で斬られ、右目を抉り取られて、数々の拷問を遊び目的で受けて、処女を奪われて陵辱されても生きていたのだからね。」
「……!!!」
「後は鎖に繋がれて鴉に突付かれて死肉を食われるか、駐留軍の兵士たちに飽きるまで陵辱されて惨めに殺されるか…、大した違いはないね。私はそんな状況に絶望してしまっていたよ。身体は何とか生きていても心がね…。でもそこに旅人が通りかかったんだ。」
「……。」
「そ
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