雨が降っていた。
僕は大地に倒れ、空を眺めている。
ぬかるんだ土の上、冷たい雨が矢のように突き刺さる。
僕を眺める愛しい人。
せめて、顔が濡れないようにと背中で雨を受け止める。
僕は…、負けた。
負けた原因はわかり切っている。
「サクラ……、何故…本気で来ない……。」
―――――――――――
「マイアさん…。一週間後に…、僕と……、戦ってください…。」
学園長に連れ回され、あわや童貞を失いそうになった夜、僕は彼女に戦うことを申し込んだ。
肩を貸してくれているマイアさんの息が止まる。
「………急、だね。」
「ごめんなさい…。前にも言いましたが…、僕は……あなたが好きです。心からあなたのことを愛しています。だからいつまでも…、あなたの弟分であることに甘んじていられません。こうやって抱きしめてもらえたり、支えてもらえたりするのは嬉しいんです。でも、それが恋人として…、でないのは僕はもう耐えられない…。」
グッと僕の腕を握る力が強くなる。
「…サクラ、私の…私たちの誇りとすることは知っているだろう?」
「うん、あなたを手に入れたかったら、あなたよりも強くなること。」
「そうだ。自分より弱い夫は………、いらない…………。」
「……はは、僕は失格ですね。」
「…ゆっくりで良いじゃないか。私は君のこと、嫌いじゃないよ。」
焦ることはない。
「…そう、ですよね。」
そう、ゆっくり強くなれば良いんだ。
「ああ、また身体が治ったら父上に稽古を付けてもらえ。シゴキは厳しいが、あれで父上も君のことを気に入っている。」
それでも僕の決意は変わらない。
「…一週間後に戦ってください。」
「……はぁ…、サクラ、君もしつこいね。」
「…お願いします。」
「…私も、罪深いね。君にこんなにまで想われているとは、ね。」
わかった、と言ってマイアさんは僕の頭をクシャッと撫でる。
「手加減は…、しないよ…。」
「…はい。」
―――――――――――
3日後、怪我が治った。
おそらく内臓とか細かい怪我は残っているけど、とりあえず動くのには支障がない。
4日目、軽い運動を始めた。
早朝マラソンを一人で始め、一人稽古を8時間無休憩で汗を流す。
5日目、学園長に組み手をしてもらおうと思ったが、生憎学園長は仕事で動けないという。
二人で考えた結果、アヌビス教頭とアスティア先生が僕の臨時コーチになってくれた。
アヌビス教頭が僕の体調管理や練習メニューを完全に管理してくれて、アスティア先生が僕と組み手をしてくれた。やはり一人稽古と違って、中盤から勢いがなくなって、ボコボコにされる。
6日目、アヌビス教頭のカロリー計算され尽くされた朝食を食べる。
料理などしたことがない、と言っていたがとても美味しかった。
そういえば、あの木の影から僕たちを覗いていた包帯の人は誰だろう…?
食事の後はアスティア先生に稽古を付けてもらう。
その間、アヌビス教頭はカロリー計算や練習メニューに不備がないか確認している。
今日が…、稽古出来る最後の日。
悔いが残らないようにアスティア先生に全力でぶつかる。
それでもどんどん不安だけが募る。
そして…、夜になった…。
星を眺めていた。
アヌビス教頭が定めた就寝時間はとうに過ぎてる。
アヌビス教頭はハンモックで熟睡している。
あはっ、涎なんか垂らしてる。
「眠れないのかい?」
「先生…、はい…。」
「暖かいミルクでも飲むと良い。よく眠れるようになる。」
「先生…、僕…、不安です。」
負けたら彼女はもう僕に冷たくなってしまうんじゃないか、負けたらどんな顔して彼女と接していけば良いのか、色んなことがどんどんマイナス方向に進んで膨らんでしまう。
「…君は欲張りだな。」
「欲張り、でしょうか?」
「欲張りだよ…。一つ手に入れたいと思うのなら、何かを捨てなければいけない。でも君は成功して手に入れるものはあっても、失うものはないんだから。安心して良い、あの子は私とロウガの自慢の娘だからね。君に勝って当たり前、だから君が負けてもあの子にとって君は可愛い弟分…、と口では言っているけどね。さてさて、本心はどうなのか…。」
だから恐れるな、と先生は頭を撫でる。
「ふふ、まだ不安なようだね…。じゃあ、一つ昔話をしてあげよう。
昔々、一人の不幸な女の子がいました。その女の子はすごく年上の旅人に憧れて、その人の背中だけを追い掛けて、旅人さんに思いを伝えました。」
「それの…、どこが不幸なんですか?」
「その女の子はね、死にたかったのさ。辱めを受け、死んでしまった方が楽だったのに旅人さんはその女の子を助けてしまって、女の子は絶望の人生を他人の人生を後ろから眺めるような人生を送ったのさ。そして旅人さんに思いを伝えたのは旅人さんに幕を下ろして欲しかったんだよ。復讐と憎悪と倦怠と
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