焚き火に誘われて

山を越えれば、麓の町に着くと思っていたのがそもそもの間違いだった。
どうやら一本道で迷子になってしまったらしい。
「…くそ、どこで道を間違ったのか…!」
日が暮れてしまうまでにどこか腰を落ち着ける場所を確保しないと、夜道は危険だ。
山賊だっているだろうし、
獣に襲われることだってある。
お…、ちょうど良い。
適当に広いし、ここで野宿をしよう。
テントは持っていないが、この季節だ。
凍え死ぬことはあるまい。
たぶん。






パチパチパチ…

…焚き火を見てると心が落ち着く。
これで、上等なメシと酒と風呂と女でもいれば言うことはないが、生憎そんなものとは縁がない。
メシと酒は実家に帰れば何とかなるし、風呂もやろうと思えば川さえあれば何とかなるが、女だけは実家でも縁がない。
むしろ、俺の姉たちが下手な女では許してくれない。
何と因果な俺。

バキ…、バキ…

足音…。
気配は一つか。
夜盗の類ではなさそうだが、足の運びに隙がない。
どこぞの武人か…。
「やぁ、焚き火に釣られて来なすったかね、ご同輩。」
「む、ああ、すまん。山を越えられなくてな。少し火に当たらせてもらえないだろうか…。」
そこに姿を現したのは鎧に身を包んだ女だった。
いや…、むしろリザードマン…。
俺よりも少しだけ年上な感じがする。
「…君は反魔物派地域から来たのか?そんなに見詰めて、リザードマンが珍しいのかい?」
「逆だよ、珍しくもないから驚いたんだ。」
何と言う奇妙な縁。
「少し、失礼な言い方だな。言葉遣いに気を付けた方が良いぞ。」
「…ここまで姉に似てるとは、ねぇ。」
「姉?」
「まぁ、座りなよ。良かったら、干し肉と水しかないが、どうだい?」
「あ、ああ、ありがとう。頂くよ。」
丸太に腰掛けて、お互いを名乗る。
彼女の名はアスティアと言うらしい。
「私の母がね、人間の君は知らないだろうけど、リザードマンの剣聖でアスティアという方がいたそうだ。直接お会いしたことはないけど、私は彼女に因んで名前を付けられたんだ。」
「…知ってるさ。それ、俺のバアチャンだもん。」
「え、君は人間だろ?」
「血統的にはね。でも俺はリザードマンのおふくろから生まれた人間なんだよ。親父は人間で、婿養子。姉ちゃんたちはリザードマンなんだけど、俺だけが世にも珍しいリザードマンハーフの人間さ。」
「…もしかして、アスティアの血を引くということは、君の母親というのは剣豪マイアで、父親は眠れる龍と言われるサクラという名前なのか?」
「そ、ついでに言うと俺はロウガ=サワキ、16歳。死んだジイチャンの名前をバアチャンに付けられた可愛そうな男だ。」
「…君も強いのかい?」
「わからん!」
胸を張って言える。
おふくろと姉たちに仕込まれた大剣は間違いなくいい線いっていると思うが、実はまともに戦ったことがほとんどない。大剣を振りかざしただけで相手が戦意喪失してしまうのだから、強いのか弱いのか今でもわからない。
何人かは殺したこともあるけど、それはギルドの依頼だったりする。
「面白いことを言うな。それで、君も修行の旅かい?」
「ああ、可愛い弟に旅をさせるというやさしい姉心の犠牲さね。」
「あっはっは、何だそれは。」
…笑うと可愛いんだな。
「ふぅん…、どうだい?今、ここでやり合ってみるかい?」
「おいおい…、冗談じゃなくなるぞ。」
「ふふふ…。」
アスティアが腰のロングソードに手を伸ばす。
釣られて俺も背中の大剣に手を伸ばす。
「…ふふ、すまない。冗談がすぎた。」
「…勘弁してくれよ。」
「心配しなくても大丈夫そうだよ。君は強そうだ。私と対じして震えどころか平然と剣に手を伸ばせる。よく鍛えられているね。」
「地獄の日々だったからな。」
大声を上げて笑う。
何だか、楽しいな。
こいつといると。

ベキベキ… ざわざわざわ…

「焚き火に誘われたのは…、アスティアだけじゃなかったみたいだな。」
「ああ、まったく無粋な連中だ。」
このザラリとする嫌な感覚、ただの夜盗じゃないな。
脅して盗むじゃなくて、殺してから盗るタイプか…。
「おい、アスティア。自分の身は自分で守れよ。」
「そっちこそな。来るぞ!」
焚き火の光の範囲外から黒い装束の男たちが無言で飛び込んで来た。
「シッ!」
アスティアのロングソードが軽やかに男たちの頚動脈を断ち切る。
見事。
「ロウガ、後ろだ!」
わかっているさ。
わざわざ、数が揃うまで待っていたんだから。
大剣をゆっくりと引き抜く。
「棺桶は用意したかい?」
相手に背中を向けたまま大きく振り被る。
そして、力を一気に解放。
連中が盾にしていた巨木ごと、まとめて叩き斬った。
うむ…、ひーふーみー…、5人か。
「な、何なんだ、こいつら!!」
「にげ、にげろぉぉぉ!!!!」
追い掛けて首を刎ねる
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