第十四話・アヌビスの一日@

ゴーン、ゴーン、ゴーン…

町の教会から朝を告げる鐘の音が聞こえる。
学園傍の六畳二間の安アパート『コーポいぬみみ』の一室。
カマボコ板の表札に『ネフェルティータ』書かれたドアの向こうで、この話の主人公が目を覚ます。
「お嬢様、朝です。起きてください。」
「う〜〜〜、後5分…。」
フカフカのベッドの上で抵抗するのはセラエノ学園の教頭アヌビスこと、本名ネフェルティータ。
今年御歳25歳。
彼女を起こすのは彼女の下僕、マミーのセト。
「駄目ですよ〜、今日はいつもより早く職員会議があるんじゃなかったんですか〜?」
「う〜〜ん、あんまりやる気が出ないの〜〜。」
基本的に彼女は低血圧で朝はこの状態。
それに加えて昨夜は、新作の怪奇小説をうっかり買ってしまい、しかもうっかり一気読みで読破してしまったのだ。これでは起きれる要素が見当たらない。
「うにゅ〜〜、おんぎょーしたてまつる〜〜。」
「お嬢様ー、それは少々古い小説ですよー?」
「このよにふしぎなことはなにもないのよ〜。」
会話が成り立たない。
セトは諦めたように、奥義を使った。
「アヌビス…、早く起きてくれよ。
 君の寝顔も魅力的だけど、俺は君の笑顔の方を見たいな。」(ロウガの声真似)
「ロウガひゃん!?」
たったそれだけで飛び起きるアヌビス。
だが、もちろんそこにロウガがいる訳もなく、寝惚けた頭を総動員して覚醒するアヌビス。
「……んん。おはよう、セト。今日も良い朝ね。」
「おはようございます、お嬢様。朝食が出来ておりますので、支度が終わりましたら、食卓にお付きください。」
爽やかな朝に、気まずい雰囲気。
アヌビスは何事もなかったかのように洗面所に向かい顔を洗う。
しかし、内心はそうでもなかった。
(もー、毎朝毎朝ロウガさんの声真似なんかして起こしてー!あー、恥ずかしい!!顔が熱くて仕方ないじゃないのよー!!!)
盛大に水をバチャバチャと音を立てて顔を洗う。
そんな彼女の心情を知りつつセトは何食わぬ顔で鼻歌交じりに食卓(ただのちゃぶ台)に朝食を並べていく。
今日のメニューは白ご飯と味噌汁と、メザシがそれぞれ3尾。
その間にアヌビスは出勤の準備を進める。
髪の毛のお手入れ、フサフサの耳と尻尾の毛繕い。
「今日の服はぁ〜、うん、これで良いかな?」
ちょっと露出が多いかな、などと言いつつも彼女の頭の中では、いつもあの男が出てきて、褒めてくれている。

『やぁ、アヌビス。今日も良い毛並みだな。』
『学園長先生、ありがとうございます。でも二人きりの時には…、私の名前で呼んでくださるという約束…、ですわよね?』
『ああ、そうだったね。ネフェルティータ、君も俺のことは学園長じゃなくて、何て呼ぶんだったかな?』
『あ、そ、その…、ロウガ…様。』
『よく言えました。早速だけど…、君の肉球と尻尾を、モフりたい。』
『あ、ダメぇ、ロウガ様!いきなり、そんな激しすぎる!!』
『その露出の多い服だって…、誘っているんだろ!?』
『らめぇ、ロウガひゃま…!奥様と娘さんが……!』
『…今は君のことだけを考えていたい。』

「…なーんて、キャーキャーキャー♪…ハッ!?」
鏡の中でセトが『ざわ…ざわ…』という音を出しながら、濃い顔で目を見開いて、アヌビスを見ていた。
「こほん…、さ、セト。朝ご飯をいただきましょうか?」
「はい、すでに準備は出来ております。」
ロウガの暮らしに少しでも近付きたいと、学園傍の安アパートに部屋を借りた彼女の華麗なる一日が始まる。


――――――――――


教頭の仕事は実に多忙だ。
教師陣の教育指導の監督、生徒たちの安全管理、学園生活をより良くするための懸案の作成、数え上げればキリがない。それに加えて、私はロウガさんの秘書も勤めている。フウム王国との件も片付いていない。
私もロウガさんも…、まだまだ多忙な日々は終わりそうにない。
「あ、あぬびすせんせー、おはようございます!」
「はい、おはようございます。あなたも急がないと遅刻ですよ。」
「はぁーい!」
元気な男の子…、確かパン屋さんの子でしたね。
私もいつかあんな可愛い子を…。
いえ、今は仕事中!
こんな妄想をしている暇はないのです!
今日もいつも通り学園長室の扉の前。

コンコン

「どーぞー。」
明らかにやる気のない声が返ってくる。
「学園長、もう就業時間が始まっています。そんなやる気のな…い…。」
学園長室に入ると、ロウガさんが羽織を脱いで上半身タンクトップ一丁になって、右腕に包帯を巻いていた。
嗚呼、細すぎない筋肉質な身体!
「どうしました?右腕が…、痛むのですか?」
「お前こそ大丈夫か?鼻血がすごいぞ。」
「いえ、今日は今朝からチョコレートを少々食べ過ぎたようです。」
「尻尾も激しく動いてるが、何か良いことがあったのか?」

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