第十四話・Persecution of the masses

「えっ、もう戦闘始めちゃったの!?」

 セラエノ軍戦闘開始の報を受けて、ロウガは驚きこう叫んだと伝えられている、
 実際のところ、ムルアケ戦役は如何にして始まったのかはっきりわかっていない。
 ある深い霧の出た寒い朝のこと、奇襲を狙っていたのか、それともムルアケ街道要塞を迂回してヴァルハリア・旧フウム王国連合軍本体と合流しようとしていたのか、今となってはわからないがフウム王国残党軍の全兵力2392名が街道ではなく背の高い草が生い茂った山中でムルアケ街道セラエノ軍の哨戒部隊と遭遇し、そのまま戦闘となった。遭遇とは言っても一寸先も見えないような霧の向こうから一本の矢が残党軍の先頭を行く部隊長(氏名の記録なし)のこめかみを横一閃に貫いた。鋼鉄の兜を貫通したと伝えられる。
 死体となった部隊長が落馬した時、一際高い悲鳴が山中にこだました。
 その悲鳴目掛けてセラエノ軍哨戒部隊は大量の矢を射かけた。この部隊はエルフ、ダークエルフを中心に組まれた部隊だったので、例え深い霧に阻まれようと山中の進軍に慣れていなかった上に、わかりやすく大きな悲鳴を上げて動揺する動きの鈍い残党軍など良い的であったことは想像に難くない。
 やがて哨戒部隊の矢が尽きた。
 ここにセラエノ軍本隊がいれば好機と見て追撃もしただろうが、彼女らはあくまで数の少ない哨戒部隊であった。引き際も心得たものであったらしく、木の枝などをまるで矢のように放つなどの偽装工作も怠らず、かなり長い時間、残党軍を動揺させ続け、セラエノ軍本隊が到着するまで易々と態勢を整えさせない猟犬であることに徹した。その結果、残党軍に人材なしと後世まで語られるほどでありながらも、不十分ながら一応の防御陣形を築いてセラエノ軍からの襲撃に備えることが出来たのだが、残党軍からはついに悲鳴と動揺が止むことは最後までなかった。

 そうして、ようやくロウガ率いるセラエノ軍本隊が到着した。

 ロウガ自身がおよそ500の兵を率いて山の中腹に本陣を構え、そしてそれぞれ250名の2つの部隊を両翼に従えおよそ1000の兵がフウム王国残党軍と対峙した。対峙した時、セラエノ軍は坂の上に陣を構え、残党軍は坂の下に防御陣形を敷いた形になっていた。さらに1000の神聖ルオゥム帝国兵の精鋭を密かにアドライグが本隊からやや遅れて率いて山中に隠れ伏せている。
 地の利、人の利はセラエノ軍に傾いていた。



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「あのさ、頼むから戦闘始めるにしても何にしても、まずは伝令を寄越してくれ。戦さには準備が必要なんだからさぁ…。兵たちを叩き起こして武器持たせてってだけでも結構時間が掛かるんだぞ」
 本陣を構え、山の中腹から敵を見下ろしながら、ロウガは簡易的な腰掛けに座り、左膝に頬杖を突いてブツクサと不機嫌そうに文句を言っていた。
 そもそもここに来たのは物見遊山ではなく、あくまで戦さをしに来たのだから戦闘を始めること自体は何ら問題はない。問題があるとすれば哨戒部隊がロウガの命を受ける前に勝手に戦闘を始めてしまったことである。これでは戦略も何もあったものではない。
「それでも全員最短時間で準備を完了しここまで来れたじゃないか。やはり日頃より兵を鍛えておく、というのは良いことだね。ほら、ロウガ。いつまでも文句を言っていると若い娘たちから『これだから頭の硬い年寄りは…』と言われてしまうぞ」
 そんなロウガの横でこの状況を楽しんでいるのは、ロウガの妻であり、このムルアケ街道方面軍の主将であるリザードマンのアスティアであった。まるでただの鋼鉄の分厚い延べ板のような身の丈を超える大剣を背負ってロウガの横に立ち、腕組みをして両軍の様子を伺っている。その顔は通常の笑みではなく、彼女の娘のマイアですら見たことがない、修羅の微笑みをたたえていた。
「へいへい、どうせ俺ぁ年寄りだよ」
「ふふ、拗ねるな拗ねるな。で、どう見る?」
 アスティアは顎で眼下の状況を指した。
 まだ本格的な戦闘は始まっていない。おおよそ2000の残党軍が、明らかに数で劣るセラエノ軍を前にして攻めあぐねている姿が何度も目に映る。陣形とも呼べぬ集団が槍や剣を突き出して恐々と前に出ては退き、退いては前に少しだけ出る。対するセラエノ軍は前に出ない。頭上の有利を手放したくないのももちろんあったが、それ以上に急いで残党軍を討つ理由がなかった。
 セラエノ軍の目的は、嫌がらせだけで十分だったからである。
「…こちらとしてはのらりくらりと連中が消耗するのを待つだけだったんだがな。それがこの突然の戦闘だよ。大きく予定を変えなきゃいけねえ…って、さっきからずっと考えていたんだがエルフたちってあんな喧嘩っ早かったか!?もっとこう…そう、状況見て冷静
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