最後に覚えている光景はひどく曖昧だ。
馬鹿みたいに速く世界が縦に回転し続ける
下品なほど赤いフィルムを貼り付けたような視界
耳をつんざく身体の内部から弾ける骨の音
どうにかしようと足掻いて手を前に出すけど弱々しく空を切る
何とか態勢を立て直そうと大地を踏もうとしてもどこに地面があるのだろう
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる『ベチン』
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる『バチン』
時々目の前が真っ暗になると同時に大きな音が響く
鼓膜が破れて音はよく聞こえていない
大きな音を耳ではなく感覚で聞いている
………嗚呼、そうだった
……思い出した
俺はこの女と戦っていたんだ
故郷も両親も友人たちも何もかも捨てて、ただひたすら強くなりたくて
気が付けば当世最強などと煽てられて良い気になって
頭がぼんやりとしていr『ベキン』
また視界が真っ暗になった
何が起こっているんだろう
俺は一体どうしてこんな風に何もわからなくなっているのだr『ゴキン』
……やっと思い出した
俺はこの女に殴られているんだった
最初は良い勝負だった
魔法の才能がない俺は剣一本でこの女と渡り合った
あいつらは、教会はこの女を殺ってくれと言っていた
確か『サン・ジョルジュの剣』と言ったかな
かつてドラゴンなる龍の一種を一刀の下に斬り殺したという聖なる剣を渡された
この剣ならば目の前の女も討ち果たせよう、と連中は言っていた
妙な目をしていたあいつらの期待に沿うのはあまり気が乗らなかったけど
俺が天下一であることが証明出来るなら標的は何だって良かったし
この時点ではあいつらの望みは叶えられるという確信めいたものがあった
そう、この時点では……
女は言った
「こんなに楽しいのは何百年ぶりかしら。間違いなく最強の一角ね、あなた」
あの寒気のする美しい微笑みは忘れようとしても忘れられない
それから先は本当に曖昧にしか覚えていない
まばたきしている間に間合いに入られて
最初に喰らったのは、確か右のフックだった……と思う
本当に何をされたのか、まったく見えなかった
「少しだけ、本気で遊んであげる」
たぶん手加減されていたんだと思う
思う、思うが続くのは俺の意識が途切れ途切れだからだ
ただ確かなのは女が『少しだけ』本気になった最初の一撃で顎が砕けたこと
そしてそれから俺はサンドバッグのように殴られ続けている
俺は大切に扱われていたのだと思う
何故なら女は武器も魔法も一度も使わなかったのだから
それに何が聖なる剣だ
あんな柔らかそうな肌に傷どころか
剣先が女の首筋に触れる直前で、無残なほど無様に砕け散りやがった
「ありがとう、とても良い運動になったわ」
おやすみなさい
それが最後に聞いた声
もう一度、今までのよりも一際大きな音と共に視界が真っ黒に染まった
今度は二度と明るくはならない
あの女は、美しい見た目と裏腹に『魔王』と呼ばれている
その二つ名は伊達じゃないようだ
「聞こえていたら一つだけ忠告してあげる。あなた、才能の使い所を間違えてるわ」
……………………………間違えてたまるか
…………………………うるせえよ
………………………認めてたまるか
……………………くそったれめ
そして、いくつもの昼と夜が繰り返されたある日の晩のこと
男がベッドの上で寝ている。
まるで死んでいるかのように全身に包帯を巻き付けて眠っている。決して安らかではない呼吸で上下する胸板で、辛うじて彼が生きていることが確認出来るほどだ。時折苦しそうに呻き声を漏らすのが痛々しい。
男の名は槇村 早雲と云った。
元々武人の血族ではなかったのだが、誰よりも強くなりたいという本能が強かったために、両親の期待も何もかも裏切って祖国ジパングを出奔した。特定の師を持たず、すべて我流で剣の腕を磨いていき、命のやり取りである真剣勝負を好んで挑んだ。気付けば真剣勝負五十戦無敗という偉業を成したことで海外まで知れ渡っていた剣豪の名を取って『今武蔵』、または『首斬り早雲』の異名を取っていた。
そんな彼に白羽の矢が立ったのも無理はない。
打倒魔王の旗を未だ下ろさぬ教会は、異教徒にして異民族、異人種である早雲を『勇者』として雇い入れた。現段階の教会に『勇者』として送り出せる人材がいなかったという理由も大きいが、教会にとって異民族で異教徒が犠牲になったところで何も失うものがなかったことが何より大きかった。
首尾よく魔王を打倒すれば早雲を見出した教会の手柄。
逆に返り討ちにあっても所詮武力はあっても異教徒だからで済まされる。しかしそれでも教会の手柄にするためには何か一押しをしなくて
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