「……リオン、君の両親ってどんな人だった?」
夜明け前の暗がりで、彼女は少しだけ寂しそうな口調で口を開いた。
僕はあまり夜目が効かない。だから彼女がどんな顔をしているのか、そして僕の顔を見ているのかどうかもわからないままでいる。だけど、目の前のすべての光景が真っ暗な闇の中に溶け込んでしまっていようともわかることが一つだけある。
彼女は、アドライグは、僕より一つ年上の女性だ。
そしておそらく僕よりもずっと強いリザードマンだ。
だから想像も付かなかった。
現実の彼女は僕よりも一つ年上の大人びた女性なのに
その闇の向こうから聞こえてくる声の印象は愛に飢えた少女そのものだった
「……そうだね」
僕の両親の話なんてきっと面白くも何ともない。だからこんな話をする時はいつだって『普通だよ』だなんて僕ははぐらかしていた。だけど、アドライグには話をはぐらかしてはいけない。彼女のためにも、そして何故か僕自身のためにも。キチンと話さなくていけない。
そう感じていた。
「僕の両親は……あまり理解出来ない人たちだったな…。父親は地方教会の従者をしていた。僕たち家族よりも神様が大事だったらしく、僕や母を顧みる人じゃなかった。どんな顔をして、どんな人だったか。情報だけは確かにあるのに思い出せない。そして母親は……その情報すらろくに覚えていない」
「覚えていない?」
「心を病んでいた、とは聞いているよ」
僕は自分の生い立ちを語っていた。
生まれた村のこと。
預けられた小さな教会のこと。
僕自身が覚えていない情報としての思い出せる限りの出来事を訥々と話していた。
「5歳ぐらいの時にはもう村の教会に預けられていた。そして物覚えがそれなりに良かったせいで13歳の時には正式にヴァルハリア騎士団にいた。アドライグには悪いけど両親の思い出はないに等しいんだ。それどころか、記憶がすっぽり抜けてしまってるいる時期もある」
そして気が付いた。
僕は自分の過去を話すのに言葉を選んでいる。それは何故なのか。ほとんど思い出せない幼少期、ろくに特別な感情もないはずの家族に対して自分ではっきり自覚できるほどのどす黒い感情が胸の中に渦巻いていた。
それを怒りと呼ぶのか。
それを憎悪と呼ぶのか。
それとも悲しみと呼ぶのか。
そんな何と呼んで良いのかわからない感情をアドライグに悟らせたくなかった。
「………そうか。でもさ、羨ましいな」
「羨ましい?」
アドライグは僕を羨ましいと言った。
「ああ、どんな形でも両親がいるという事実は羨ましい」
「……………そっか」
アドライグには両親がいない、という話を今日聞いたばかりだった。
「アドライグは…」
暗闇の中のシルエットが僕を見詰めている。
「家族が、自分だけの家族が欲しいのかい?」
どうしても聞かずにはいられなかった。
何故僕はこんなことを聞いているのだろう。
どうして、こんなにもアドライグのことが気になるのだろう。
どうして僕はアドライグの心の奥に入り込もうとしているのだろう。
「………さあね。私にもわからないよ。……ただ」
「ただ?」
「私の本当の母はあの人みたいな人が良い。本当の父だったらあの人みたいな人だったら良いなとは思うよ」
二人のあの人。
アドライグが思い浮かべているのは、帝国軍と行動を共にするセラエノ軍総司令官こと紅龍雅将軍とその副官であるアルフォンス将軍の両名のことだと思う。アドライグの回答に僕は妙に納得していた。特に紅龍雅将軍。彼は教会騎士団にいた頃に連合軍を相手に一度ならず二度までも手痛い打撃を与えたことで、ヒロ・ハイル団長が強く意識していた将軍だった。そして彼の発した言葉は、今までただ燻っているだけの僕に強い影響を与えてくれた。結果的にヒロ団長とは道を違えてしまったけど、お互い生きていれば、きっと人生のどこかで同じ道を歩めるような気がしている。何故なら彼もまた紅将軍に強い憧れを持っているから。
「アルフォンス将軍……か…」
「うん、あの人が本当の母だったら良いな。優しくて、暖かくて、とても良い匂いがした。私の母さんに負けないぐらい強く抱きしめてくれた。母親じゃなくても、私があの人の言う同じ『砂漠の民』の末裔だったら本当に嬉しいと思う」
「……………そっか」
いつからだろう。
僕はいつから自分以外の他者と同じだったら嬉しいと思えなくなったのは。
そんな僕からしたら、彼女のように素直に思うことが出来ることが羨ましい。
「…………ごめん、戦闘前の貴重な時に愚痴って」
「いや、大丈夫だよ。僕も眠れなかったし」
今はもっと眠れない。
アドライグがこんなに近くにいると意識するだけで胸がこんなにも痛い。
「大きな手だったなぁ」
「……え?」
「紅将軍の手。大きくてゴ
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