不思議なこともあるもんだ。
そう俺・城島 譲治は思っていた。
相変わらず予定の入っていないクリスマスを、『予定がないのが予定』という毎年恒例のスケジュール通りに消化するつもりだった俺の元に一通の携帯メールが届いた。その時はどうせ彼女持ちの友人から嫌がらせのメールでも届いたのだろうと思っていた。実際にそういうことをやる友人がいるだけに、正直そのメールも半ば無視するつもりでいたぐらいだった。
だけど無視は出来なかった。
何故なら俺は『綾川 友紀(あやかわ ゆうき)』と表示された画面を見てしまったからだ。綾川 友紀は俺の高校時代の同級生だった。背が低くて、人懐っこくて、学生服が本当に似合わない少女のような印象の少年だったのを俺は今でもよく覚えている。
メールの内容は彼が『地元に帰ってきた』という報告だった。高校2年の夏に誰にも何も言わずに引っ越して、どこかに転校しまってから何年も音沙汰もなかったのだが、俺は不思議と彼のことを忘れたことはなかった。毎年夏になるとふと彼を思い出し、どこかで元気にやっているだろうかと気が付けば考えていた。
きっとあの頃は校舎の屋上で、二人でよくサボったりしていたせいだろう。
思い出の中で時間が止まっていた友人に会いたくなった俺は、毎年恒例のスケジュールを破棄して、綾川に『会わないか?』とメールを送り返した。突然すぎたかな、と少しだけ彼の都合も考えなかった自分自身の浅はかさに呆れてしまったが、予想以上に早く彼からの返信メールが届いた。
たった一言だけ、『ボクも、会いたい』という文面。
何と表現したら良いのかわからない喜びが胸に込み上がってくるのを感じながら、俺は待ち合わせ場所や時間をさっさと決めてしまうと、ハンガーに掛けてあったロングコートを引っ掛けると息を弾ませて玄関を飛び出した。
外は薄っすら暗くなり始めていて、真っ白な雪が降っていた。
「……驚いたでしょ、僕がこんなに変わってて」
そう言って綾川はキャンドルのゆらめく灯かりの中で微笑んでいた。
待ち合わせ場所に指定したのは地元駅の喫茶店。
今日はクリスマスということもあって、照明を落としてキャンドルの灯かりだけという幻想的な店内には、ロマンチックな雰囲気を求めて多くのカップルがひしめいていた。とてもじゃないが普段の俺なら正視出来ない光景だ。サンタクロース風の衣装を着た店員に後から連れが来ることを伝えると、店の奥にある人目に付き難いボックス席に案内された。カップル用のメニューなどがテーブルの上に置かれているのを見ると、困ったことにどうやら俺は“彼女との待ち合わせ”しているのだと勘違いされたらしい。
しかし他に席が空いていないので大人しく案内されたボックス席で待つことにした。少し早く来てしまったので時間を持て余してしまっていた俺は店員にレモンティーを頼むと、ぼんやりとキャンドルの炎を見詰めながら昔のことを思い出していた。綾川に会ったら何から話そうか、と嬉しくなっていた俺は、いつの間にかまるで恋人を待つような心地になっていたことに気が付いた。
いやいや、あいつは男じゃないか。
どうやら周囲の幸せな空気にやられてしまっていたらしい。うっかり俺は綾川が男であることを忘れてしまっていた。いくら高校時代は少女みたいな印象だったからって、あれから10年も経っているのだから、お互いに良い歳だしあの頃のままという訳にもいくまい。もっとも高校時代には綾川について 『逆に考えるんだ。おちんちんが付いてても良いさって』 という風に表現していたヤツもいたぐらいだから、あれから俺みたいに“おっさん化”してしまった綾川は想像出来ないし、そんな綾川を想像したくもない。
「ごめん、待った?」
「おっ、久し振り。悪いな、急に呼び出しちゃって…………………えっ?」
綾川なのかッ、と俺は声が出ないまま唇を動かしている。
そこにいたのは綾川 友紀だった。
10年振りの再会だというのに、俺は綾川を見て思考が凍り付いてしまっていた。何のことはない。10年という月日があまりに人を変えすぎるということに今更ながらとても思い知らされただけにすぎない。思い出の中の綾川とあまりに違いすぎることに驚いている俺を他所に綾川は俺の対面に座り、初めから決めていたらしくココアを店員に頼むと、未だに鳩が豆鉄砲食らったような顔をしている俺の顔を悪戯っぽく覗き込んで笑顔を見せた。
ああ、間違いない。
この人懐っこい笑顔は間違いなく綾川 友紀だ。
「驚いた?」
全体的に黒っぽい色でコーディネイトして、厚手のコートの襟元からはタートルネックのセーターが見えていた。タイトスカートからは趣味の良いヒールの高いブーツを履いた足が黒タイツに包まれて伸びている。思い出の中
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