スポットライトが灯る。
真っ暗闇に浮かび上がるのは褐色肌のリザードマンが一人。
眩しい光の中、彼女は恐々と瞼を開く。
静かに、伏せ気味に開かれた瞳は真っ直ぐに暗闇を見詰めていた。
そして、まるで初めからそのようにプログラムされていたのか、初めからそういう役割であったかのように、彼女は重々しく語り辛い過去を語るために口を開いた。
「……………あの人は、私に誇りとは何かを思い出させてくれた」
褐色のリザードマンは誰に聞かせるでもなく語りだした。
観衆などいない。
それでも彼女は語り続けるのである。
「………あの人に出会うまで、私は犬でした。圧倒的な数の暴力に屈し、今日を生きるために昨日を忘れ、一族仲間たちを虐殺した木偶たちに媚を売る情けない、本当に惨めで卑しい犬。私は何もしなかったのです。ロウガ様のようにすべてを敵に回してでも、後々まで悪鬼羅刹、果ては魔王などと呪われ続けようとも誰かを愛する覚悟も、私は何もかも持ち合わせていませんでした。………ですが」
身体が揺れて、彼女の長い髪が顔を隠す。
表情は見えず、ただ紅を塗った唇だけが妖しく闇に浮かぶ。
「………ですが、私の世界は変わりました」
紅色の唇がまるで微笑んだように優しく歪んだ。
「ロウガ様の悪名が、ノエル様の優しさが、そして龍雅の言葉が」
あの人は、龍雅は私に多くを語りませんでした。
それが今生の別れだと、私にも彼自身にもわかっていたはずなのに、私も龍雅も敢えてお互いをあまり見合うこともなく、多くを語り合うこともありませんでした。
でも、それで良かったのです。
あの人は、他の誰でもない。
あの人は、紅龍雅なのですから。
その最期を、誰もが涙するようなロマンスで塗り潰してはならないのですから。
ええ、『さようなら』も『死なないで』もいらない別れ。
ただ『御武運を』と心の中で手を合わせて祈るだけ。
何と悲しくて、幸福な別れ。
「某(それがし)の失態に御座る」
そう言って、新帝都へ向かう移民団の足を止めさせると、龍雅は私も同乗していたノエル様の馬車の前を遮るように立ち塞がるとそう言い放った。
敵騎兵集団が早々に迫り来る。
龍雅はそれを『失態』と言って謝罪を述べたのでした。
けれでも彼は謝罪しているというのに、平伏すでもなく悪びれるでもなく、あまりにも堂々としているものだから、私は彼が何だか可笑しいやら可愛いやらと、今が非常に危うい状況であることも忘れて微笑ましく思えてしまいました。
「失態、とは如何に」
私の代わりに言葉を発したのはノエル様でした。
帝位を退いたとは言え、普段は気丈なノエル様も心得違いな私と違って、龍雅の真剣な表情に呑まれてしまったのか、不安を隠し切れず心なしか声が震えておりました。
「我が見通しの甘さに」
「それは失態ではない」
ノエル様の反論に龍雅は首を横に振りました。
「ノエル、それは違う。あまりに酷すぎる失態だ。予見出来ていたはずなのだ。ヒロ・ハイルが騎兵を動かさば、かの者尋常ならざる速度を以って大移民団の背後を突くということは、すでに予見出来ていたはずなのだよ」
見通しの甘さからノエル様を、兵士たちを、幾万もの帝国の民たちを、そして私とお腹の子を危険に晒してしまったと彼は悔やむのですが、その表情には後悔の念と同時にどこか嬉しそうで楽しそうな、そんな真逆とも言える感情が浮かんでいるのを私は見逃しませんでした。
「……俺はかの男を育てすぎたやもしれん」
「…………敵将ヒロ・ハイルをか?」
「…敵将ではないさ。かの者、うまくいけば連合軍……否、ひょっとするとヴァルハリア教なる一大思想を内部から破壊する劇薬になってくれるかと思えたのだが、劇薬どころか俺の思惑をも超える名将…いやそれよりも、あっさりと『王』へと続く道を踏み出してしまったかもな」
今度ははっきりと歓喜の表情を龍雅は浮かべた。
「……………龍雅、少し不謹慎ですよ?」
「おお、そうか……そうかもな…」
私が軽く嗜めると、彼は先程よりかは幾らか済まなそうな表情をした。
そして深い溜息を吐くと、今度は一転して感情が読み取れない、まるで人間ではなくなってしまったかのような顔付きになると、先程までの砕けた物言いではなく強い口調で言葉を発したのです。
「ノエル、悪いがもう一度勅命を使うぞ」
「………構わんが」
「結構………伝令、誰ぞあるッ!」
龍雅の声を聞きつけ、鎧を着けた帝国兵が慌てて駆け寄り跪きました。
「これに!」
「勅命である。我、神聖ルオゥム帝国皇帝・紅龍雅が名において、諸将士卒万民尽くに命ずる。新帝都オルテへと向かう足を速めよ。無駄な荷駄を捨て去り、必要最低限の物資のみを持って息が切れても尚走れと下知せよ。遅れし者、拒む者あらばこの紅龍雅が手で斬って捨てる」
一瞬驚いたような表情をした兵士でし
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