『ほら、下を向くな。上を向け。』
その言葉だけが…、僕の希望。
いつまで経っても僕は弱虫だった。
いつも下を向いて生きてきた。
空が眩しくて、いつも逃げていた。
あの日もそうだった。
誰とも目を合わせないように生きてきたのに
些細な言い掛かりを付けられて殴られた。
反抗する気も起きなかった。
このまま黙って殴られ続ければ、
いつか嵐は過ぎ去ると信じていた。
でも嵐は突然止んだ。
蜥蜴の腕が、僕に手を差し伸べた。
『大丈夫か?』
僕より少し年上くらいの綺麗な人だった。
差し伸べられたその手を…、
その真っ直ぐに僕を見てくれる目を…、
僕は正面から見ることが出来なくて…、
顔を背けて、手を振り払った。
『ん?よしよし、男の子はそれくらい元気があった方が良いな。』
その人は好意的に笑ってくれた。
『私はマイア。少年、名前は?』
『…サクラ。』
『確かジパングの花の名前だったかな。なかなか淡い色をした、美しい花…、だったかな。良い名前じゃないか。』
僕の身体についた埃を、その人は丁寧に払ってくれる。
『なら一層のこと、下を向いてはいけないよ。花は常に天を仰いで生きていくものだ。君は、自分の人生を疚しく思うのかい?』
『…いえ。』
『そうだろう。それならサクラ、君は天を向いて歩け。疚しい思いがないのであれば、下を向くな。』
眩しくて顔を背けたその目を、僕は逸らせなくなっていた。
その日からその言葉が僕の宝物。
形のないその言葉だけが、僕のたった一つの希望。
――――――――――
「よう、サクラ。気にするなよ、人間向き不向きってものがあるさね。」
学園に通うようになってもう7年。
色んな種族や人たちに囲まれて、少しだけ前向きになれた。
彼は僕の親友のサイガ。
同じジパング出身の親を持つ者同士、やけに気が合った。いつも内気な僕を励まし、時には無茶に僕を付き合せ、あの日の言葉と一緒に僕を導いてくれる。
もっとも僕と彼はその能力に雲泥の差があったけど…。
学問も武術も彼は同じクラスの仲間たちの中で飛び抜けていた。
人望もあって、驕ることのない性格。
一方僕は学問中程度、武術もからっきし。
性格は…、内気というか自分で言うのも何だけど陰気。
友達もサイガとミノタウロスのコルト、それと…あの日から片思いのリザードマンのマイアだけ…。
「だいたい、サクラの体格で大剣を扱おうってのが無茶なんだよ。軽いショートソードとかナイフとか…、短い手槍とかも良いんじゃないか?」
「…サイガ。僕もね、色々試したんだよ。ナイフもショートソードも手槍も…、果てはヒノキの棒まで……。全部、ダメだったんだよ。」
言ってて心がドンドン沈んでいく。
「わ、わりい!お前の努力も知らないで…!」
「いや、良いよ…。僕には決定的に才能がないんだ…。」
「大丈夫、お前は何だ!サクラだろ!いつの日かパッと花開く日が来るに決まってんじゃねーか!!」
「でも…、サクラってすぐ散るんだよね。」
…うう、少しだけ前向きになれたと思ったけど、どんどん不安になる。
いつの日かマイアに挑戦して、彼女に認めてもらいたい。
彼女に勝って、彼女の恋人になりたい…とは思うけど、まずは僕は彼女に認めてもらいたい。
でも、これじゃあ挑戦するどころか指先一つでノックアウトされかねない。
今日の武術の授業はアマゾネスのアキ先生の武術実戦だった。
腕前が近い組で分かれたのは、良かったけど…。
僕は年下のまだ武術を始めたばかりの女の子に軽くやれてしまった。
この瞬間、僕のクラスにおける武術ランキングが最下位に転落した。
「えー、各自、今日の反省を踏まえつつ、ちゃんと修練は怠らないように!」
…授業の途中でアキ先生の旦那さんがお弁当を持ってきたと思ったんだけど、いつの間にか先生がいなくなったような気がする。授業前よりも肌がツヤツヤしたような…、あ。旦那さんが衣服が乱れて物陰に倒れてる。
「しかし、マイアはさすがだな。親父さんとお袋さんに鍛えられただけあって、俺じゃ歯が立たねぇ。」
「…うん。強いよね。」
風に棚引く黒髪、凛々しい顔に流れる汗が太陽に輝いて、僕は強い人だという感想よりも、やっぱりあの人は綺麗な人なんだと再認識していた。
いつか、あの人の隣にいるのに相応しい男になりたい。
道はかなり、いやとてつもなく険しいけど…。
――――――――――
その日の放課後、僕は町の露店通りに足を運んだ。
せめて武器くらいは粗末な物じゃない方が良いかもしれないと思い、毎月の小遣いを貯めて、僕は武器を扱っている露店を見て回る。
だけど…、良い武器はやっぱり良い武器で、なかなかお高い。
サイプロクス産果物ナイフ…、30000z?
僕の小遣いの5ヶ月分…、ダメだ、買えない。
刀匠・独眼鬼 マゴイチ作のオリハルコン製釘
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