第十一話・楽園パレードへようこそ

― それは、遠い未来 それは、ほんの少し過去のお話 ―




嫉妬する

見事な手腕だったわ


そう彼女は、ポツリと自嘲気味に漏らした。
妖魔の国の女主人・デルエラ公は座り心地の良さそうなアンティーク趣味の椅子に深く腰掛け、気だるそうな仕草で肘掛にもたれ掛かる姿勢でそんな言葉を私にポツリと漏らしたのは、……そう、あれは西暦1905年に行われた三度目の二国間首脳会談のことだっただろうか。
かつての聖教国を陥落した頃のような漆黒の炎のような禍々しさはすでになく、妖しさと艶やかさに磨きが掛かり、それでいて王にこそ相応しい威厳を纏うその姿には、さすがは音に聞く次期魔王筆頭候補であると納得させられざるを得ない。
何気ない世間話の延長上だった、と思う。
デルエラ公は私も知らない過去を語っている時に、そう言ったのだった。
「見事な手腕、とは?」
「黒い狼………いえ、紅い蝶を率いた者…」
ああ、と私は納得した。
黒い狼の物語は私も知っている。
確かにあの王は旧世界を劇的に終わらせ………いや、完膚なきまでに破壊したと言った方が的確だろうか。なんせ、私の知る限り、黒い狼と呼ばれた王はこのデルエラ公ですら出来なかった『レスカティエ教』を『人々の心の中』から抹殺してしまったのだから。
デルエラ公が出来たのは、レスカティエ教国を滅ぼしたこと。
しかし逆に周辺諸国、及び多くの人々の心の中にレスカティエ教は深く根付くことになり、その結果異常なカルト教団的要素を孕みながらも、生き残ったレスカティエ教各宗派は人々から知識を奪い、自分たちこそ唯一絶対の神の代行者として無知な人々の上に君臨した。人々の心の奥底に眠る『未知』への恐怖心を巧みに利用しては信仰を爆発的に広げていき、未知への『恐怖心』をレスカティエ教国を滅ぼした魔物たちへの『憎悪』へと意図的にミスリードしていったのである。

そうして………この世界には、永遠に続くような『停滞した中世』が何百年も訪れた

実際に黒い狼自身がレスカティエ教を破壊した訳ではなく、彼に続く者たちが彼の方針を受け継いでいき、息詰まるような宗教と密接した長きに渡る中世を終わらせていったのだが、その切っ掛けを作ったのは紛れもなく黒い狼であるのは間違いないないだろう。
だから人々は、彼を破壊者として記憶しているのである。
「今にして思えば、私はレスカティエを滅ぼすべきではなかった」
「………デルエラ公、それは懺悔ですか?」
「懺悔なんて、私はしないわ。これはただの自らの過去に対する自己嫌悪」
ふう、と溜息一つ。
それだけで『デルエラ』という唯一無二の一個性は、何とも言えない眩い輝きを放つのだから、同じ女としてはそんな彼女に対して嫉妬と羨望を禁じ得ない。
「レスカティエは……滅ぶにしても、少なくとも人間の手で滅ぶべきだったわ。それも武力による滅亡ではなく、それこそ内部腐敗を原因として。レスカティエ教が如何に都合良く主神の言葉を捻じ曲げてきたか、如何に高位聖職者たちが汚職に塗れていたか、如何に人々を蔑ろにしてきたか。そういう実態を民草に知らしめ、さらに内部分裂を起こすように誘導出来ていたなら……人々は自らの意思でレスカティエ教を捨て去っていたのではないか………なんて思うのよ…」
デルエラ公は私の方を見ずに、ブツブツと自己嫌悪を吐露する。
たられば、の話だ。
だがもしも、もしもデルエラ公が外交手段も巧みに操ることが出来る人物であったなら、時間は掛かってもレスカティエ教国はおろか、その大元であるレスカティエ教そのものを人々の心から完全に屠れたのではないだろうか。
だが彼女はそれが出来なかった。
外交戦略ではなく、事の勝敗が非常に分かりやすい武力による侵略を選んだあたり、当時の彼女はあまり頭脳労働は得意とするところではなく、当時の魔王軍において血の気の多い武闘派の急先鋒だったことを考えれば、選ぶべくして選んだ手段だったのではないかと思えてしまう。
いや………魔王よりも、彼女こそが『正統』だったからではなかっただろうか。
魔王よりも魔物らしかったデルエラ公だからこそ、侵略という原始的で効果的な手段を本能的に選んでしまったのではないだろうか。
「………あなたでも後悔なさることがあるのですね」
私は少し、嬉しかった。
どんな理由だろうと、彼女が後悔していてくれていたことに、報われたような気がした。
「……そうね、私はやり方を間違えた。間違えたからこそ、レスカティエ一国攻め取ったまでは良かったけど、人間たちの無用な団結を呼び込み、後は一進一退の繰り返し。結局は母の理想の実現を遅らせてしまい、私自身の手で停滞した中世を作り出してしまったようなものよ」
「……………ありがとうございます」
「……どうして、お礼を?」
デルエラ公の漏らした後悔に、私が礼を述
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