第百十四話・神楽舞『夢イズル地』

 このままこの炎の中で消えていくのだ

 今更何を思おうか

 これは罰なのだ

 御家が為に憧れに背を向けた『 』への……

「……ち………え…」

 そうだ

 これは『 』が被るべき罰だったはずだ

「…………う…え…」

 かつて心寄せた人の遺した子を守るため『 』だけが討ち取られるはずだったのだ

 そこに何の恨みもない

 無念なる思いはかの如き心地であったのだろうか

 『 』は滅ぶ

 それは覚悟していたことである

 しかし………、しかしだ…ッッ

「父上………無念に御座い…ます…ッッ!」

 それは『 』だけの罰ではなかったのか!

 実際はどうだ

 この『俺』一人の命ではなく

 憧れに背を向けてでも残そうとした御家諸共に終わりを告げる

「……博雅」

 泣きながら腹から血と腹わたを引いて這いずる我が子の名を呼ぶ

 紅 佩入道 博雅

 紅家の希望となるべき若者だった

 俺の代で穢れた紅家を生まれ変わらせてくれるはずだった

 だがそれも夢物語に終わる

 この燃え盛る屋敷と

 屋敷を取り囲む兵たちの手で、紅家は今日全て灰の中に消えていく

 因果応報だろう

 憧れに背いた日のように味方の手で討たれて終焉を迎えるのは……

 すべて俺が受けるべき罰だったというのに…

「…………すまん」

 柱にもたれて座り込み、自然とため息と共に謝罪を口した

 巻き込んでしまった我が子へのものなのか

 それとも遠くへ行ってしまった二人へ向けたものだったのか

 もうわからないし、そもそもどうでも良い

 俺もあまり長くはない

 胸に深々と突き刺さった矢傷からは命が垂れ流されていく

「……じきに俺も逝く」

 我が子を安心させるように精一杯の笑みを作る

 笑えてはいないのだろうとは思いながら……

「……はは、父上が笑うのを…初めて見ましたぞ」

 泣き顔でグシャグシャだったが博雅はぎこちなく笑った

 腹が破れているのだ

 ここまで這って来ただけでも苦しかったであろうに無理に笑って見せた

 嗚呼、やはりこの者であったな

 あの日さえなければ沢木の子と手を取り、輝かしい未来を切り開いていけただろう

 後悔ばかりが思い浮かぶ

 俺は無念のまま死ぬことは出来ないということか

「父上、それでは……」

 たった今、紅家は絶えた

 お先に、と声にならぬ言を残して齢十九の我が子は息絶えた

「……何て安らかな顔をしてやがる」

 お前は俺に巻き込まれて死んだんだ

 愚かな君主にいつまでも見切りを付けられなかったこの愚か者のせいで

 だというのに何でそんなに安らかな死に顔していやがるんだ

「………器は俺以上、であったか」

 だが砕けた

 もう二度と戻りはしない

 俺の五十四年は無駄に終わったのだ

「……ああ、畜生」

 終わりが目の前に近付いてきたというのに思い浮かぶのはアイツのことばかりだ

 今も生きていればどこかで誰かに喧嘩売っているのだろうか

 いや、むしろそうであっていてほしい

 大馬鹿野郎だったからこそいつまでも大馬鹿野郎でいてほしい

「……あいつみたく名乗っても、あいつにゃあとうとうなれなんだか」

 紅 禄衛門 龍雅

 龍雅(ロウガ)と読んであいつにあやかってみたがこの様だ

 俺は、あいつほど強くはない

 たった一人で天に牙を剥いたあいつにはなれなかった

「…………ああ、畜生………戦さが………してえ…」

 あいつの下で

 もう一度あいつの下で輝きたい

 一切が死に絶え、一切が燃え落ちる中で

 そんな夢を見ながら俺は抗えない眠気と脱力感に身を委ねた



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 これは誰だ

 俺は何を見ていたのだ。
 胸を弩の矢で貫かれた瞬間、俺は一人でここに立っていた。矢は未だ俺の胸を貫いたまま。心臓はその鼓動を打つことを止めている。だが、生きている。いや……今まさに死のうとしているのか。だとしたら……………これは今際の際に見ている夢なのだろうか。
 一人の老人の夢を見ていた。
 何もかも失った虚しく、寂しく、悲しい夢。
 叶わぬ願いを呟いて老人は目を閉じた。

 今、目の前には焼け焦げた顔のない人形が転がっている。

 老人の息絶えた場所に。
 老人の夢が潰えた場所に。
 二つの顔のない人形が転がっている。
「……訳がわからねえ」
 自分の状況も、この老人たちも、何もかもがわからない。
 老人は確か紅禄衛門龍雅(ロウガ)と名乗った。
 これは、俺なのか。
 いや、俺ではない。俺は紅禄衛門龍雅(タツマサ)だ。
 そしてあの若者は俺の子だというのか。
 面影はある、かもしれない。だが俺に子はいな
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