若い頃の母を目にした感想。
ああ、この人はこの頃から完成されていたんだ…。
それが素直な私の感想だった。
「……事情はよくわかった。ロウガ王がどうやって帝都で起こった危機を知ったのかはこの際聞かないでおこうではないか。そなたたちにはそなたたちの情報網があるのだろうしな。紅将軍、キリエをこれへ。」
若き日の母・ノエル=ルオゥムを私は素直に凄いと思った。
後方の謀叛を知っても動揺一つ見せず、それどころか兵を割くのも苦しいはずなのに、ムルアケ街道に居座るロウガ王に母は千の兵を送ることを即決した。
千の兵がいれば、セラエノ軍の実力を合わされば強力……いや、イチゴ卿の自慢話を真に受けるなら、凶悪無比なセラエノ軍に職業軍人の割合が高い帝国軍の兵数が加われば、それは大陸そのものを飲み込む兵力となって戦況を有利に運ぶだろう。
………もっとも、イチゴ卿の話は大袈裟だから話半分以下に聞いておくつもりだが。
それにしても………この人が紅龍雅、なのか…。
この人が後に紅帝として名を残す武将…。
功績はほとんど覚えちゃいないが、母から帝位を譲られただけあって、母と同等かそれ以上の侵し難い凄まじい覇気を纏っているように思える。
それにこうして見ててもわかるが、母もこの人をとても信頼している。
身長は私よりも幾許か高いくらいで、武人らしいガッシリした身体付きをしており、私の時代では久しく見ることの敵わない『本物の歴戦の将の風格』を漂わせている。
だと言うのに眼差しは優しく、真っ直ぐに伸びた黒くて長い髪を、ロウガ王と同じようなポニーテイルのように後ろで纏めているのが何やら可愛らしくもあるのは気のせいだろうか。
「ありがとうございます。もしも……皇帝陛下が御決断を渋ることがあれば一大事でした。」
うっかり『母さん』と呼びそうになったが、それ以上のうっかりをやらかしてしまったと気が付き、私はドッと背中に冷や汗を掻き、血の気が引くような思いがした。
く…口が……滑った!
グルジア爺の遺言書のあの一文を思い出してしまったのが悪かった。
『一大事』などこの時の母は知るはずもないだろうに…。
あれさえ思い出さねば、こんなことを言わなくとも良かったのに…!
「街道のセラエノの軍のことか?」
母の疑問に白を切って『そうです』と言ってしまおうか。
いや、それではまたロウガ王の前のように嘘に嘘を重ねてボロが出るかもしれない。
これ以上は………不味い…。
ええい、仕方がない!
「街道のセラエノ軍だけではありません。……陛下の御親族の命が危のうございました。」
「……余の、親族?」
やはり母を『陛下』と呼ぶのには違和感が…。
「そちらのリヒャルト公が帝都を秘密裏に脱出したことはすでに知られております。帝都を牛耳った国務大臣グルジア公は、その脱出したという事実のみを欲されていたのです。リヒャルト公が秘密裏に抜け出したとあらば、兎にも角にもそれはリヒャルト公の国務大臣への明らかな反逆。ならば皇族の一切を処断する大義名分を手に入れた謀反人たちは見せしめとして、…陛下に最も近い御親族……、妹姫君や御母堂たちを処刑しようとなさるはずです。」
またうっかり妹姫君ではなく『叔母様』と言いかけた。
だが私の勢いは止まらない。
むしろ失言を悟られたくなくて、勢いで喋り続けた。
うろ覚えのこの時代の事情と母とグルジア爺の思い出話を組み合わせて、おおよその推測を立てて、グルジア爺と目の前の青い顔をした老人が激しく対立し合っていたこと、グルジア爺が母にもう一度教会勢力に戻ってきてほしかったことを踏まえた上で、この場にいる一同に語ってみせた。
「ヌ、ヌシはワシやグルジアのことを知っておるのか!?」
青い顔をした老人がよろよろと立ち上がった。
………この方が母の大叔父様か。
何と言うか偉そうな軍人のステレオタイプのような人だ。
それにしても………それ以上に、何とも偉そうなプロペラ髭だ…。
初対面でこう思うのは無礼かもしれないが………
何となくムカつくので、毟り取ってやりたい髭だ。
胸の奥から湧き上がる熱い思い。
実行しても良いなら実行したいのだが、さすがに母の御前では出来ない。
…………母の『あの』お仕置きは今でもトラウマなのだ。
「会ったことはないはずだ。それなのに何故そこまで詳しくわかる!?」
リヒャルト公は声高に問いただしてきた。
厳つい見た目の割りには、意外なことに叫ぶと声が高いんだな。
「リヒャルト公にお会いしたことはございませんが…、グルジア公には幼い頃にお世話になったことがございます。」
そこまで言って気が付いた。
私は、もしかして言わなくても良いことまで喋っているのではなかろうか…。
それにしても、今私は私の意思で喋っているのだろうか…。
いや、間違いなく私の意思で言葉を紡いでいる
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