一つの御伽噺がある。
正義の槍使いと双剣使いのリザードマンの旅物語。
それは広く知れ渡り、子供たちは二人の物語を母の膝の上で聞いて育つのだ。
初めて正義を知り、
初めて道徳を二人の物語を通して学んでいく。
しかし、二人はあくまで架空の人物だった。
まるで神話のように、誰の心にも生きている架空の人物だったのである。
だがある日のことだった。
存在しないはずの『虚構』が、急に熱を帯びた『現実』として現れた。
架空の英雄『クーレスト』と『フュリニィ』
史書において僅か五行足らず、そして数枚の領収書ではあったが、
彼らは確かにこの大地に熱を残していたのであった。
「………………プハァ、生き返ったぁ!」
「ここ最近ろくなもの食べちゃいなかったしな」
焚き火の前で青年とリザードマンが一心不乱に分け与えられた肉と酒を食べていた。
青年の名はクーレスト、リザードマンの名はフュニリィという。
焚き火を挟んでクーレストの真正面に座る男は、どこか呆れ顔で一心不乱で肉と酒に食らい付く二人を見ながら、胸元からくしゃくしゃになった紙巻煙草を一本取り出して咥えると、マッチで火を点けて紫煙を空へ、ふぅ、と吐き出した。
「……………お前ら、よくその肉を食えるな」
「何か言いましたか?」
「すまない、よく聞こえなかった」
「……………………いや、何でもない」
何か聞きかけた男だったが、無愛想な表情のまま何もなかったことにした。
元々クーレストたちが食べている肉は、とある街で買った安い干し肉だったのだが、何の肉であるかは明記されておらず、『大特価!鹿…と思う 鹿…じゃないかな 鹿…かもしれない干し肉のようなもの』というスッキリしない看板が下がっていただけなのであった。
男もクーレストたち同様に旅人なので『肉には違いない』と思い、捨て値も良いところの安さだったのも相まって大量に買い込んでしまったのだが、あまりのクセの強さと表現し難い想像絶する不味さのために、どんな非常時でもいつも口にすることを躊躇っていた干し肉なのである。
「………空腹とは、本当に最高のスパイスなのだな」
二人に聞こえないように男はボソッと呟く。
「それにしてもクー、お前が悪いんだぞ」
「……………ごめん」
「ごめんで済んだら魔王軍はいらん。だいたい人助けするのは良いとして、もう少し人を見る目を養ってもらわないと身体が持たん。今回だって……」
聞けば二人は人助けをしたつもりだったのだが、それ自体が盗賊の罠であり、何とか撃退こそ出来たものの、戦闘のどさくさに紛れて旅費などが入ったバッグを盗まれてしまい、何日もろくなものを食べていなかったのだという。
「まさか村そのものが盗賊の罠とは思わなかったな」
「いやいやいや、あんなデカイ婆さんがどこにいる」
「フュー、人を外見で判断しちゃいけないぞ?」
そのやり取りを見ていて、無愛想だった男はやっと笑った。
口元を僅かに歪ませる程度の笑顔だったが、元々表情が乏しい男には大きな変化だった。
「あ、助けてもらったのにまだ名乗ってもいませんでしたね。俺はクーレスト・ロックフォード。見ての通りの正義の味方なナイス冒険者。『クー』って親しげに呼んでもらっても構いません」
「何なんだ、その見ての通りの正義の冒険者見習いって。私はフュニリィ・アスフィベル。クーの真似をすると……ご、ご覧の通りのリザードマンだ。呼びにくかったら『フュー』で構わない」
「………俺は………『ジョン・ドゥーエン』だ」
ジョン・ドゥーエン、と男は名乗った。
それを聞いてクーレストは怪訝そうな顔を露骨に浮かべる。
「…ジョン・ドゥーエン、つまり『誰でもない』ってことですか?」
「…まぁ、そういうことだ」
本名を無警戒に名乗れるほど綺麗な身体ではない、とジョンは苦笑いを浮かべる。
「……私は何となくわかっていたよ。何と言うか、あなたは普通じゃない。纏っている空気が私たちとも何かが違うような気がする。犯罪者特有の危うさと子供のような純粋さが奇妙に混ざり合っているように思えるな」
「…………フッ、当たらずしも遠からじというところだな。一つだけ言えるのは金のないお前らに本名を告げたが最後、この首が一瞬の内に消し飛んでしまうかもしれないということだ」
それだけ高額な賞金首だとジョンは言う。
おそらくは冒険者であるクーレストはジョンの本名を知っているのかもしれない。
「いや、俺たちは恩人に刃を向けるような真似はしませんよ」
そう言ってクーレストはジョンの左腕が義手であることに気が付いた。
反射的に自分の右腕の義手に、クーレストは手を伸ばす。
「……ああ、これか。昔……そう昔だな。昔ちょっとした『事故』……そう何でもないちょっとした『事故』で失った。お前の右腕もそうみたいだが、それでそれはど
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