不思議な夢
どこまでも広がる冷たい荒野
大地を埋め尽くす横たわった人々
その横たわる人々の墓標のように突き刺さった剣。
見渡す限りの殺害の跡
空はどんよりと鉛のように重く
大地は何とも頼りなく広がっている。
真っ黒な鴉が音もなく人々に群がり
粘液のように重たく腐臭漂う空気の中で
飢えた鴉は人間を塵に変えてしまうかのように貪り喰らう。
僕は何も出来ず ただ無感情にその光景を見詰めている。
嫌悪も 憎悪も 悲哀もない。
男も 女も 老いも 若きも 横たわる人々には誰一人顔がないのだから。
遥か彼方に顔のない『僕』が同じように立ち尽くしている。
手には赤黒く濡れた美しい『魔剣』を手にしている。
嗚呼、君がやったのか。
嗚呼、そうだ 僕が殺ったのだ。
だから僕はこうして罪の鎖に縛られて ただ立ち尽くしているのか。
誰かの夢や愛を無色に変えながら偽善的な理想に酔う。
傷付きたくないから僕は君で 君は僕を演じてくれる。
本当の自分の輪郭は見えないまま
きっといつの日か裁かれて地獄に堕ちる時
僕は果たして君として消えるのか
それとも僕は僕として消えていくのか。
そんな未来への暗示なのだろうと 僕は儚い夢の中で目を閉じる。
「リオン」
嗚呼、彼女が呼んでいる。
僕は………僕は「リオン」として生きて良いらしい。
暖かな手
これだけは 僕が僕である証明なのだと思う。
「それでリオン、君は私が背中に冷たい汗を流しながら……こ、皇帝陛下に拝謁していたというのに、君は帷幕で暖かい紅茶の接待をのんびりと受け、あまつさえ私の苦労も知らずに美人相手に鼻の下を伸ばしていただなんて見損なったぞ。」
「だから誤解だってば!!!」
アドライグがノエル=ルオゥムに謁見している最中、手持ち無沙汰となったリオン=ファウストは皇帝侍従の一人であるキリエ=アレイソンに来客用の帷幕に招かれていた。
アドライグの言う通り、彼女が背中に冷たい汗を流しながらギリギリのペテンとハッタリを皇帝一同の前に披露している頃には、リオンは皇帝であるノエルも満足する腕前の、キリエの淹れた紅茶での接待を受けて身も心も温まり、ホッと一息吐いていた。
かつては教会騎士であったものの、現在は一介の兵卒の一人に過ぎない。
それだと言うのにこの厚遇は、キリエに脅しを掛けるような、まだ誰も知り得ない情報を言い放ったアドライグの従者という認識から来る畏れもあっただろうが、ひとえに彼の持つどこか子供のような温和な雰囲気のおかげだったのかもしれない。
だが、タイミングが悪かった。
彼女にとってトラウマというべき軍師・バフォメットのイチゴからも解放されて、折れそうな心を必死に奮い立たせて、リオンの待つ帷幕へ案内されたアドライグがそこで見たものは、彼女の苦労も知らず人畜無害な笑顔で紅茶を啜り、美女の分類に入るであろう、彼女の知らない褐色肌のリザードマンと談笑しているリオンの姿であった。
「誤解?これが誤解だと言うのなら世の中の男性諸君は、誰もがこの状況を誤解と言って正当化出来るだろうな。私の苦労も知らないで、美女を侍らせて優雅な一時とは所詮君も教会側の権力者と精神構造が同一と見える。」
ダンッ、とアドライグはテーブルを叩く。
その音に釣られて、リオンは身体をビクリと強張らせた。
「だからそれが誤解だってば…。僕は彼女と顔見知りで。」
「ほぉ、顔見知りですかそうですか。そりゃお盛んですこと。あっちこっちに顔見知りの美女がいるってことか。そういえばそうだよ、君のおかげで嫌なことを思い出したよ。君みたいな人畜無害そうな顔した男は大体がハーレムかってくらいにモテて、選り取り緑に美女が寄って来るものなんだよな。」
彼女の脳裏に浮かんだのは、彼女の時代に生きるセラエノ学園二代目学園長であるサクラ=サワキ、そして幼いながらも美女にしか懐かないという将来に不安を感じさせるサクラの息子の姿であった。
ちなみにサクラの場合は本人の希望に反して、女性のように美しく整った顔とリザードマンやドラゴンを凌駕するという武術の腕前、そして先代学園長を反面教師とした誠実でストイックな精神性のせいで、男女問わず多くのファンを生んでしまったということを、本人の名誉のために付け加えておく。
「いや、そんな関係じゃなくって…。」
「これからそういう関係になるおつもりですかそうですか。男なんて……男なんて……所詮この人みたいに胸がデカくて腰が括れてて尻がデカければそれで良いんだろ!」
かなり無理はあるが平静を装っていたアドライグだったが、ついに自分を抑え切れず、目に涙を一杯溜めながらテーブルを再び叩き、声を荒げてリオンに食って掛かる。
嫉妬である。
最近友人として情が湧いていたリオンと自分の知らない
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