第六話・壊れた世界で僕は歌う

誰も気が付いていなかった。

誰もが記憶が始まった時から、その世界はたった2つの色で染められた鳥籠にいた。

どちらかが正しく、どちらかが間違っている。

2つの鳥籠に閉じ込められた鳥たちは互いを罵り、

やがてまるで自然の摂理がそうであるかのように

誰に命じられた訳でもないのに醜く争い始めた。

それが、何年も何十年も何百年も続いた。

鳥籠の中で歌う鳥たちは、

いつしか互いに傷付き、倒れ、何故互いに憎しみ合うのかわからないまま疲れていった。

大きな白い鳥が黒い鳥を憎めと教えたのだと

大きな白い鳥を見たこともないのに、その威を借る鳥は妄想(リアル)を撒き散らす。

大きな黒い鳥を美しいと感じた鳥たちは、

現在を耐え忍べば、きっと大きな黒い鳥が助けてくれると信じて抗う。

それは永遠の平行線。

だけどある日、真っ黒な狼が鳥籠を壊してしまった。

たった2つの色しか知らなかった鳥たちに、

知りたくもなかった外の世界を流し込んできた。

鳥籠から解き放たれた鳥たちが見たものは、

大きな白い鳥を信じる鳥たちも、

大きな黒い鳥を信じる鳥たちも、

まったく同じで、お互いを罵り合って殺し合う必要もなかったという現実が広がっていた。

あの黒い狼は行ってしまった。

まったく同一の存在だとお互いに認識出来た世界で、

『僕ら』がどうすれば良いのかを教えてくれないままに。

大きな白い鳥よりも、大きな黒い鳥よりも

あの黒い狼は優しくはなかった。



私・アドライグはロウガ王の命により、クスコ川流域に本陣を構える神聖ルオゥム帝国軍、若き日の皇帝ノエル=ルオゥム……私を知らない母の下へと馬に跨り向かっている。
朝の内にムルアケを出たというのに、気が付けばもう夕暮れだ。
補給基地としてムルアケ街道のセラエノ軍本陣の位置が絶妙な位置関係であるとはいえ、この距離を近いかと問われれば、私は遠いと答えざるを得ないであろう。
もう少しだ。
後はこのクスコ川を遡って行けば辿り着く。
「ロウガ総帥も無茶苦茶だね。僕ら二人で援軍要請に行って来いってさ。」
隣で一緒に馬を並べて走るのはリオン=ファウスト。
ロウガ王が私に命じたのは、神聖ルオゥム帝国本陣への援軍要請。
ただ私一人では不安であるとして、最近一緒に組まされていることが多いリオンに私の護衛と道中の供を命じ、たった2騎で夕闇の最前線を駆け抜ける。
「そもそも援軍要請って敵が近いってことだよね。おかしいなぁ……、セラエノの兵たちの間にも近々戦闘になるって話もなかったから、てっきりフウム残党と戦闘になるのはもっと先だと思っていたのになぁ。」
「……直属の密偵でも使ったんじゃないかな?」
リオンの疑問に、私は在り来たりな答えを出した。
在り来たりすぎて面白くないと思っていたのだが、リオンもそれで納得した。
脳裏にキリア=ミーナの顔が浮かぶ。
リオンから聞いたフウム残党軍の話から統合しても、彼らは軍としての強さは然程問題とする程度ではないようなのだが、そこにキリア=ミーナのような規格外の化け物が加わるというだけで無力な群れも、一人一人が勇気付けられ予想外な力を発揮するのだという。
数々の戦争を体験した母からの受け売り。
そのことに急に不安な気持ちになっていき、私は深い溜息を吐いて空を見上げた。
もうすぐ太陽が沈む。
辺境の荒野が赤く染まっていく。
ふと気が付くと、対岸に生い茂る木々の切れ目から陣が構えられているのが見えた。
旗印から見るに、あれがかつて母が戦っていたというヴァルハリア軍なのだろう。
不気味なくらいに静かだ。
「…………リオン、懐かしい?」
どこか遠い目をして、対岸のヴァルハリア軍をリオンが見ていた。
リオンは教会騎士だった。
そのことを思い出した私は、そっと彼に問いかけた。
「……懐かしくないと言えば嘘になるかな。まさかこんな形でここに帰って来るとは思っていなかったし、僕が騎士団を抜ける時にはこんな戦況になっているなんてことも考えもしなかった。」
リオンはポツポツと言葉を繋いだ。
彼が騎士団を辞めた時点では、ヴァルハリア軍はここまで追い詰められてはいなかったらしい。
しかし、クスコ川にある男が現れてから戦況は劇的に変化した。
「紅龍雅って言う将軍だよ。あの人が帝国軍に援軍に来てから、ヴァルハリアもフウムも彼の手の平で踊るように良いようにやられてね。彼と二言三言会話出来たんだけど、それがきっかけで僕は自分の在り方に疑問を持って……死んだフレイヤ先輩のように自分の殻を破りたくて騎士団を辞めたんだ。」
………今、凄い名前が聞こえた気がする。
「リオン、フレイヤ先輩というのは……、まさかヴァル=フレイヤという方じゃ…?」
「アドライグも知ってた?そっか、アドライグはセラエノの人だったね
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