第五話・すべてはここから始まる

史書に曰く。
人類、魔物、この地上に生きるおよそすべて知的生命体はたった二人の英雄によって、その意識と認識と思考の方向性を変えられたとされている。
紅龍雅によって人間も魔物も互いに愛し合い、敵対する者同士であっても心を通わせれば、これ以上にない隣人として共存共栄出来るのだという『王道』が照らされた。
これには侵略と言う手段でしか、人々を手に入れられなかった多くの魔物国家にも強い影響を与え、後の人間と魔物とのあり方を大きく変え、
「後悔しても遅いが、もしも人間が我々に対し剣ではなく、言葉と心を用いてくれたなら、私も悪名を轟かさずに済んだのではないだろうか。」
と言う言葉を残した魔界国家の元首も存在したという。
そして、もう一人。
『王道』を残した英雄とは真逆に、『魔道』を以って人々に影響を与えた男がいた。
紅龍雅を『友愛の英雄』とするならば、その男は『殺戮の王』と呼ぶに相応しく、歴史上初めて人々に対して剥き出しの感情を要求し、偽善を嫌い、盲目的な主神信仰と盲目的な魔王信奉を嫌い、二元論に染まった時代に対して剣を抜いた反英雄として名を残す。
一見すれば暴虐、邪悪なる反逆者であると当時の多くの史書は語るのだが、男の行為は結果として後世において、現代社会に繋がる宗教から離れた新しい価値観を形成し、反魔物国家と親魔物国家間の和睦や親交など、この当時の人々には考えも付かなかったであろう時代が訪れる原因を作るのである。
それが真の平和と呼べるものであるかは不明であるが…。
そんな未来を呼び込む者。
人の身でありながら、邪悪なる王『魔王』の称号を与えられた反英雄。
異邦人、沢木狼牙。

同じく異邦人たるリザードマン、アドライグ。

二人の英雄の触れて、激動の時代を駆け抜ける。





昨夜、懐かしい夢を見た。

私は幼い子供で、真っ暗な闇の中を泣きながら歩いていた。

帰り道もわからない。

母を呼んでも返事はない。

暗闇が怖かった。

孤独が怖かった。

それは、今も変わらない…。

怖くて、悲しくて……。

泣き続けていると、暗闇の向こうから小さな灯りが私の方へと向かってくる。

息を切らせてやってきたのは、私を探しに来た母だった。

母の姿に安堵して私は抱き付いた。

………母とは別に誰かがいたような気がする。

その人は何も語らないけれど、柔らかな空気を持っていた。

そして私の髪を優しく撫でてくれて、母と一緒に手を引いてくれた。

歌っている。

母とその人が歌っている。

優しい歌。

綺麗な声。

ああ、この歌は知っている。

母が歌ってくれた子守唄だ。

そこで私の意識は途切れてしまうのだ。

優しい子守唄に抱かれながら、現実の世界へと帰っていく。

ああ、それにしても……。

この美しい歌声の主は誰だっただろうか…。

思い出せない。



「子供の頃の記憶?」
そう言ってリオン=ファウストは淹れたてのコーヒーを渡しながら疑問を口にした。
私・アドライグとリオンは何故かあの日以降、同じ組で軍事演習も食事当番も一緒にされるようになり、こうして夜の見張り番も二人一組で組まれるようになった。
「子供の頃、確かにそんな風に城…いや家を抜け出したことがある。」
眠気覚ましのコーヒーを飲みながら、私は昔を思い出すようにリオンに答えた。
まだ熱いコーヒーを啜ると、熱さで舌が痺れる。
猫舌というのは、こういう時に厄介なものだ。
「夢のことはここまでにしよう。私自身、答えが出ないから面白くも何ともない。それより君のことを教えてほしいな。リオンが教会騎士団ではどんなをしていたのか興味があるね。」
「……聞いても面白くないよ。」
僕は裏切り者だった、とリオンは言葉を切り出した。
「僕がヴァルハリア教会に身を置いていた理由は……、教会に身を置くことによって教会の内部から変えていきたかった。理由もなく、ただ種族が違うからというだけで殺し合う世界…。そんなものに嫌気が差していたんだ。でも結果はご覧の通りだよ。僕は何も変えられなく、ただ魔物やその愛する人たちの討伐任務で団員たちの目を盗んで、ほんの一握りの人々を逃がしていただけ。」
リオンは寂しそうな笑顔を浮かべた。
彼の気持ちがわからないでもない。
私の時代でも、未だに人々は人間だ魔物だと拘っている。
私は彼らと何ら変わりはないというのに。
母が再興した後ルオゥム帝国や学園都市セラエノの影響力があるとは言え、多くの反魔物国家はその態度を強硬に保ち、親魔物国家もある意味では反魔物と同じスタンスを保ち、また多くの中立国はその時々で反魔物か親魔物かの強い影響力を受け、不安定にゆらゆらと揺れ動いている。
ああ、そうか。
私がこんなにも無気力に学園生活を送った理由。
そんな世界に嫌気が差していたのかもしれない
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