「おい、お前。」
街に着いて、日が沈まないうちに宿を探したい、と思っていた矢先、いきなり声をかけられた。声の方に振り向いてみれば、襤褸布を頭から深く被った女が物陰から俺を見ていた。腕組みして、壁にもたれかかって、少し高圧的な印象を受ける。
「変わった装束だな。ジパングから来たのか?」
ジパング、東の果ての俺の故郷。この大陸にやってきてそう言われ続けているが、相変わらず慣れない単語だ。俺の国では『日の本』と呼んでいたのが、所変われば何とやら。
「ああ、そうだよ。この大陸の装束は肩が凝ってな、俺には合わん。」
故郷を出てから、さて何年だろうか。
それでも、捨てられない太刀と袴と着物。もっともすでに擦り切れて裾はボロボロ、草鞋なんて物も大陸で作ることも出来ず、何年も裸足だ。
太刀がなければ浮浪者と思われても仕方がないだろう。
「珍妙なのは百も承知だが、こちらも先を急ぐ身でな。早急に宿を探さねば日が暮れて、また野宿になりかねん。」
「そうか、宿を探しているのか。ならばこの先の曲がり角を、右に曲がった所にサキュバスのやってる売春宿が通常の宿泊客も扱っている。もっともお前が魔物を憎む教会派でないのなら、という話だがな。」
反魔物派、というものがある。
この大陸に渡って初めて知った文化がそれだった。どうもこの大陸では人ならざる者たちと人間は互いに相容れぬ存在らしい。もっとも、ここ最近ではその勢力を縮小させているらしいのだが、あまりそういうものに首を突っ込まないので今一つ理解に欠ける。
「教会派、と言われても俺はよくわからんよ。それに魑魅魍魎の類なら俺の国には腐るほどいたよ。今更、驚きも恐怖もないさ。」
「チ…、チミモウリョウ?何だ、それは?」
…この国にはない言葉だったか。
「すまない、狐狸妖怪っと、これもわからんな。まぁ、お前さんたちの言う、魔物とやらは、俺の国では拝む対象だったり、日常に溶け込んだ存在だから、特に気にしない。と、言ったんだ。」
「お前の言葉は難しいな。しかも下手だ。もう少しこの大陸の言葉を覚えた方が良いぞ。これからの旅に支障をきたすかもしれん。」
「ご心配、痛み入る。すでに支障をきたして、火の粉を何度も振り払う破目になったさ。宿の情報、感謝致す。」
「どういたしまして。」
この時、俺は襤褸切れの裾から覗くトカゲの尻尾と足、そして深く被ったフードの奥の笑いに気が付いていれば、面倒なことには遭わなかったんじゃないか、と後々まで考える。だが、間抜けにも俺は何も気付かず、教えられた宿へと急ぐのであった。
――――――――――
「あら、珍しいお客。ジパングの方がこんなとこに来るなんて。もっとストイックなイメージがあったんだけどね…。」
宿の受付のサキュバスは、まだ営業時間じゃないんだけど、と念を押して愛想良く微笑んだ。なるほど、男がコロリと落ちるはずだ。色気、淫気、それだけでなく、遊女によくある、男の醜い部分も弱い部分も受け止めてくれそうな包容力も感じられる。
こいつの前では弱い自分、素の自分に戻れるという雰囲気。
要するに『イイ女』なのだな。
「悪いけど、女を買いに来たんじゃないよ。」
「男も扱っていますよ。ガチムチからメガネ君、お時間頂けるなら少年も揃えられますよ。」
思わず、力が抜け、カウンターに頭をしこたま打ち付けた。
するとコロコロと鈴が鳴るようにサキュバスの女は笑う。
「わかってますって。宿を借りたいのでしょう?」
「ああ、そうだ。この町で仕官の当てを探してみようと思うので、しばらく宿を借りたいのだが…。」
「ええ、何日でも。幸いうちは見ての通り売春宿なので、お客の出入りは激しいですが、泊り客はほとんどいません。ですから何日でも逗留なさってくださいな。」
「逗留の間の宿泊代なんだが…。」
「そうですねぇ…。一泊三食、お部屋のクリーニング含めて…、これくらい頂きましょうか?」
手元の算盤らしき物でサキュバスは料金を弾き出した。
「ひい、ふう、…え、いいのか?そんな安くて。」
「ええ、ほとんど迷惑料だと思っていただいて結構ですわ。うちの店の女の子はみーーんな、アレの時の声がすごく大きいので、お客様の精神衛生上不健全なのは間違いありませんので。」
「それは特に問題にならんよ。では世話になろうかな。」
「はい、ご利用ありがとうございます。申し遅れましたが、私は店主のルゥと申します。もし、夜のお供を欲しましたらお声をかけてくださいませ。お客様好みの女の子をすぐにお部屋に向かわせますわ。料金は格安でサービスさせていただきますね。あ、もちろん、私を指名しても構いませんよ。これでもこの店のbRなんですよ。精一杯サービスしますからね。」
「そ、その時は、…すまないが、頼む、かも、しれん。」
俺も男として生を受けたので、否定出来な
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