4・雨の交響曲は鳴り止まぬ(終)




君の描く幸せの絵に、君の姿は見当たらない。











私が彼女を見付けたのは、まったくの偶然だった。
久し振りの日本観光に、すっかり浮かれていた私だったが、突然降り始めた夕立に雨宿りを出来る場所を探して走り回り、やっとのことで辿り着いたのは新装開店したばかりの喫茶店の軒下だった。
「いやぁ助かったわ〜。ニッポン、雨が多いのはわかってたけど……。うぅ、私の大事な宝物たちは無事かしら…、濡れてたら最悪すぎるよぉ…。濡れるのはあそこだけで良いのにぃ。」
と、ぼやきながら私はビニールコーティングを施した紙袋の中に入った、買ってきたばかりの超人気作家のボーイズラブ同人誌の無事を確認していた。
ちなみにボーイズラブとは、男性同士の恋愛を描いたもの。
「それにしてもニッポンって便利な国よね。角も翼も尻尾も丸出しにしてても、みんなコスプレした女の子って認識してくれるし、ホントに良い息抜きが出来……ん?」
気が付くと、私のすぐ横に虚ろな目をした女の子がぼんやりと佇んでいた。
ゆらゆら、ゆらゆらと彼女はまるで煙のように虚ろだった。
雨宿りの先客だろうか。
そう思ってみたのだが、どうも違うらしい。
彼女の足下にはおびただしい花束。
そして彼女には足がなく、また彼女からは無念というか残念というか、強い未練が感じられる。
俗に言う幽霊ってやつだ。
母の魔力が通っているなら、それはゴーストと呼べるのだが……。
幽霊を見るのは初めてだった。
「はぁ………、あなた…、こんなところで何をしているの?」
そう語りかけると彼女はゆっくりと私の方に振り向いた。
『わたしが……みえる…の…?』
言葉を忘れていたようで、ゆっくりと彼女は返事をした。
『だれも……わたしのこえ…きこえないの…。だれも……わたしをみない…の…。こーたも……こーたも…わたしにきが…つかな…いの…。それに……わたし……ここか…ら…うご…けない…の…。』
雨宿りのご同輩は、非常に危うい存在らしい。
自分が死んでいることに気付かず、その上地縛霊のようなものになりかかっている。
このままいけばゴーストではなく、ただの悪霊になりかねない。
『なんで……こーた…。あん…な…に…あいし…てくれ…たのに…。』
こーた、というのは彼女の思い人だろう。
話しかけることは可能だったが、どうやら会話は成り立たないらしい。
このまま無視することも出来たが、こうして出会ってしまったのも何かの縁なのかもしれない。
そう思った私は、彼女に語りかけた。
「こんなところで漂っているだけじゃ、どうしようもないわ。このままだと、あなたは何もかもを恨んで、何を恨んでいるのかもわからない悪霊になってしまう。」
自力で成仏は出来ないだろう。
そして私にもそんなことを出来る能力はない。
「私はリリム…と言ってもあなたは理解出来ないかもしれないわね。もしも心残りがあるなら…。」
私には彼女を成仏させてあげられる能力はない。
だが、もしも霊体にも効くのなら私には彼女の心残りを晴らしてあげられる。
これが母なら、いとも簡単に叶うのだろうな、とほんの少しだけ嫉妬した。
「ニッポンには『袖刷り合うも他生の縁』って言葉があるみたいね。偶然とは言え、同じ軒下で雨宿りしちゃったんだから、あなたの願いを叶えてあげる。」
『ね……がい…。のぞ…み…。』
「そう、たった一つだけ、あなたの願いを叶えてあげる。もっとも私はあなたに命を与えられる訳じゃないの。人間とは別の生物として、転生させてあげるくらいなんだけどね。」
魔物娘に転生させる、なんてことは言わない方が良いかも知れないと思った。
この時代になっても、人間至上主義者はいるところにはいる。
『…………。』
理解しているのだろうか…。
それでも彼女は何かに縋るように口を動かした。
『こーた……こーた…こーた…。』
「そう……、その人があなたの心残りなのね。」
人差し指で彼女の額を貫くように突き出す。
「私が出来るのは、あなたの心残りを晴らす間だけ命を与えること。あなたはその未練を晴らせば、また元の死者に戻るわ。そして命を与えた結果、肉体を持たないあなたがどんな種族になるかは私にもわからない。もしかしたら、酷く醜いものになるかもしれない。それでも良いかしら?」
『………………。』
ゆっくりと、彼女の首は縦に振られた。
正直、羨ましいと思った。
そこまで思える人がいるというのは、本当に羨ましい。
「あなたの名前は?」
『なま……え……い…おり……いおり…。』
「では………契約を……。イオリ、あなたの願いを叶えてあげる。」

目が覚めた時、彼女が何になったのか…。

ただわかっているのは、願いを叶えれば、彼女も思い人も悲しみに沈む。

たった、それだけ。

君の描く幸せの絵に、君の姿が見当たらない。
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4]
[7]TOP [9]目次
[0]投票 [*]感想[#]メール登録
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33