それはワシの最期の願いでございます。
どうせ、助からぬ命。
余命幾許もないのでございましたら、どうぞワシをあの地に捨ててくだされ。
思い出の………、生まれ故郷にそびえ立つ楡の木の下に…。
あれは昭和10年の春先のことだった。
村長が殺風景な村の景観を良くしようと、中央のお役人に頼み込んで遠い異国から(確かドイツだったはず)楡の木を購入したと聞いて、異国の楡の木はどんなものなのだろうと、当時10歳のワシは心を躍らせて村を一望出来るあの丘に走った。
正直な話をすれば、期待外れも良いところだった。
村のどの楡の木よりも大きかったのだが、日本の楡の木と大して変わらなかった。
しかし、せっかく来たので木に登って、村一番に征服しておこうと思ったワシだったが、そこで不思議なものを見た。
まるで楡の木に喰われてしまったかのような様子で、木の幹に黒髪の西洋美女が絡み付いていた。
「だ、大丈夫とね!?」
眠ってるらしい黒髪の西洋人の頬を軽く叩く。
すると呻き声を上げて、西洋人は目を覚ました。
軽く周囲を見回すと、青い目を大きく見開いて、異国の言葉で慌てふためいた。
「Wo bin ich!?Warum ist ich hier!?」
「な、何言うとうとね?」
「Nein……,Ich verstehe Ihre Worter nicht.」
不謹慎な話だが、幼いながらにワシはその西洋人を美しいと感じた。
違うな、憧れ?
それとも一目惚れしてしまっていたのか…。
慌てふためいていた西洋人だったが、何やら思い付いたらしく落ち着きを取り戻し、ワシの方をじっと見詰めると、ワシの手を握り引き寄せて、目を閉じてワシの額と彼女の額を触れ合わせた。
「わ…わ…!?」
「Bewegen Sie sich nicht.」
意味はわからなかったが、多分動かないでと言ったのだと直感した。
ワシも目を閉じて、心を落ち着ける。
すると目から入る情報が遮断されると、彼女の匂いだろうか。
甘くて、胸の奥が切なくなるような良い匂いに、ワシの胸は高鳴った。
何もない村だった。
村にも綺麗な女子はいたが、恋をする対象ではなかった。
「Danke………ありがとうゴザいます。」
「ふえっ!?」
驚いた。
今まで異国の言葉しか話さなかった西洋美女が、いきなり日本語を喋り始めたのだから。
「ワタシ、アナタのGedachtnis……あぁ〜、き、キオクから言葉、学びマシタ。驚かないでクダさい。ハジメまして、テッペイ。ワタシの名前、ルスト言いマス。ドリアードのルスト。」
名乗ってもいないのに、ワシの名前を彼女・ルストは口にした。
ワシの名は日下部徹平。
ルストは、ハッキリとワシの名を口にしたのだった。
「でも教えてクダさい。ワタシ、何でこんなトコいますカ?」
屈託のない笑顔だった。
ワシ、日下部徹平が終生胸に描く光景で、唯一色褪せなかった笑顔だった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「そいたらルストは、楡の木の精やったと?」
「精、とは精霊のコトでしょうカ?似たヨウなモノですけど、テッペイにはわかり難い思いマスから、ソレで構いまセン。残念ですが、人間ではナイのは確かです。」
そんなやり取りから、ワシとルストの交流は始まった。
狭い村だったから、噂が広まると、ルストの楡の木は「お化け楡」と呼ばれるようになり、ワシ以外の子供は怖がって近付かなくなった。
ルストは子供好きで、大きな楡の木を珍しがって来る子供に声をかけたようなのだが、片言の日本語、それに木が絡み付いているような姿を見付けると、誰もが怖がってしまったのだという。
村の中でも気味が悪いから切り倒してしまおうという声も上がったのだが、中央のお偉いさんにわざわざ取り計らってもらって購入したこと、友好国から購入したものを勝手に切り倒せば国際問題になりかねないということもあり、村人は渋々と認め、誰も近寄らなくなったという話をワシは大人になって聞いた。
「テッペイ、今日は何シテ遊びマスか?」
ルストは木の精だ。
だからその場から動くことが出来ないから、ワシは色々な遊びを教えた。
お手玉、剣玉、すごろくに独楽回し。
時にはルストに西洋の歌を教えてもらった。
ワシが教えた遊びの中で、ルストは将棋をよく好んだ。
「はい、コレで詰みデスよ。」
「むむむ……、待つばい!まだワシゃ負けとらんと!!」
「はいはい、待ちマスよ〜。お姉サン、可愛い弟分のタメに飛車角抜いてアゲましょう♪」
なかなか屈辱的な思い出ではあるが、ワシはついに彼女に一糸報いることは出来ず終いだった。
その内、ルストとの日々も1年がすぎ、2年がすぎ…………。
別れの日は唐突にやって来た。
昭和19年9月のことだった。
「お別れ、ですか?
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