第百三話・真夜中に交わした約束(後編)

『余、自ら務めて神君の御祝言を取り仕切り奉りて………。』

という文言で始まるノエル帝の独白が、ルオゥム帝国史本伝に残っている。
余、とは言わずと知れた神聖ルオゥム帝国第22代皇帝にして、後ルオゥム帝国初代皇帝となるノエル=ルオゥムその人のことを指す。
神君、とは彼女よりも遥かに早くこの世を去ってしまった神聖ルオゥム帝国第23代、前帝国最後の皇帝である紅帝、紅蓮の救世主として死後も様々な人々に影響を与え続けることになるセラエノ軍稀代の大将軍である紅龍雅のことを指している。
彼女がこの独白を残した時、すでに自らは帝位を降り、晩年の余生を二代続いて女帝となった彼女の娘とその孫に囲まれて穏やかに過ごしていた頃であったと言われている。
その時、ノエル=ルオゥムは88歳。
まるで歴史の証人の如く、彼女は嵐が吹き荒れるように群雄割拠の乱世、そして真夏の太陽の如く人々が力強く生き続けた『神』から『人間』の時代を生きた様々な英雄たちを語り残し続けていた。
紅龍雅、アルフォンスの結婚式の様子は、彼女の独白によって世に残されたのである。

『神君はお世辞にも美男とは言えず。されど戦場を駆ける姿は何よりも美しかった。余はあの姿に憧れ、あの背中に恋焦がれ、あの人の遺産を守るために生きてきたようなもの。嗚呼、今思い出しても胸が打ち震えてしまう。皇后様と神君が真紅のバージンロードをお歩きになる姿は、古今の如何なる壮麗なる詩や絵画などでは到底例えることも出来なかった…。』



深夜、月明かりに照らされたルイツェリア寺院。
霧が立ち込め、粘り気の強い闇を薄っすらと照らす月明かりは、幻想を現世に呼び起こす。
夜の静寂を切り裂くように教会の鐘は鳴り響く。
祭壇の上では、オーケストラの指揮者の如く波打つ金髪の美女が、侍従に命じて鐘を鳴らさせ、真紅のバージンロードの上を厳かに歩く東の果てから来た武人と麗しき人外の夫婦を暖かい目で見下ろしていた。
祝福は誰がために。
教会の鐘は誰がために。
その答えは明白で、この瞬間、すべてが二人を祝福していた。
参列者のいない、皇帝には相応しくないであろう厳かな結婚式。
新婦・紅龍雅は新婦・アルフォンスに自身が身重であると告げられ、俄かに動揺はしたものの、動揺はすぐに歓喜に変わり、新たな生命に心を躍らせながら、互いを支え合うように真紅のバージンロードを歩く。
「………何か思い出すな。」
「何をですか?」
楽しそうな顔をする龍雅の顔を、アルフォンスは覗き込むようにしながら訪ねた。
「俺たちがわかり合えた時も………、こうして支え合っていたっけ…。」
「あれは……あなたが態度を改めなかったから衝突したのですよ?」
紅龍雅とアルフォンス、二人の馴れ初めには諸説ある。
もっとも有名なのは、彼を極端な英雄視する視点で描かれた『天帝物語』という歴史小説で紹介された、『龍雅が自身の覇業のための人材を集めるべく、諸国をその足で放浪していた頃、大薙刀の名手としてその武名を知られたアルフォンスとの壮絶な一騎討ちの末に、彼女を覇業の伴侶とした』というエピソードである。
しかし、この歴史小説はこの時代から100年以上経って発表され、作者自身は龍雅やアルフォンスと一切面識がなく、歴史的事実を若干捻じ曲げたり、そもそも龍雅自身が皇帝になって尚、主と仰ぎ続けた学園都市セラエノの最高責任者である学園長ロウガが存在しないなど、歴史小説としては三流の位置にあるのだが痛快なストーリー展開で、講談や演劇で人気が出た結果、もっとこの時代を印象付ける物語として、人々に親しまれている。
そんな彼らの本当の馴れ初めは、セラエノ学園巨大図書館の奥にひっそりと残されていた。
僅か2冊の手書きの日記帳。
著者はアルフォンス。
その内容のほとんどは、彼女と義妹であるガーベラとの穏やかな日常を綴ったものだったのだが、その内の数ページに渡って、ガーベラとの日常とは別に紅龍雅について書かれた日付けが存在する。
「あの頃のあなたは……本当に礼儀知らずで、ロウガ様への態度も改めず、自由気ままでまるで怠け者のように、怠惰な日々を送るような人だったのですよ。お互いにわかり合うにも衝突が生まれて当然の結果でした。」
「何もしなかったとは心外だな。アレでも沢木の御息女や奥方の代わりに兵士の訓練を受け持ったり、セラエノのことを知ろうと自分の目と耳で情報を集めたりしていたんだぞ。沢木への態度にしたって、今更媚びへつらうような相手とも思えなかったしな。」
「あの頃も……同じように言いましたね。」
「ああ、言ったかもな。そしてお前は……。」
俺に薙刀を突き付けたろ、と龍雅は悪戯っぽく笑った。
「そ、それは忘れてください…!」
思慮の浅い行動だった、とアルフォンスは恥ずかしさに顔を赤くして俯いた。

バージンロード
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