第百一話・凱旋

神聖ルオゥム帝国新皇帝・紅龍雅。
『レユアの禅譲』という当時の辺境王朝国家において初の禅譲による即位、それも公的な身分は何一つない一介の武将が皇帝に即位したという歴史的譲位は、周辺国家にどれ程の衝撃を与えたか、それは最早語るまでもないであろう。
事実、ルオゥム戦役や辺境大戦終結30年後に、辺境地域に乱立する中立地帯や勢力の衰えを見せ始めた多くの国家において、龍雅や様々な英雄たちに影響を受けた人々が、彼の皇帝に即位した事実に倣い『帝国大乱立時代』と呼ばれる宗教と無用な古い慣習からの脱却を試みる時代が訪れるのであるが、それは後の世の話。
レユアの禅譲の後、渋々皇帝即位を受け入れた龍雅は、時間を惜しむように次々と新人事を発表し、再びコクトゥの民や帝国諸侯を驚かせる。
副帝・ノエル=ルオゥムに始まり、彼は帝国の重職にセラエノの者をほとんど就けることなく、多くは神聖ルオゥム帝国の人々を用いたのである。
ほとんどの要職は先帝のノエルが無駄なく就任させていた、ということも挙げられるが、彼はセラエノ君主・ロウガと同じように支配者になることを極端に嫌っていたようで、そういったことからセラエノの者が帝国の新たな人事の対象から外れたのではないかと歴史研究家は見ている。
だが、何より人々を驚かせたのは、その新たな人事に今回の学園都市セラエノ・神聖ルオゥム帝国同盟軍が勝利を捨ててまでクスコ川から撤退をしなければならなくなった原因を作った謀叛人たちを、何と一時的とは言え最重要職に就けたことであった。
一時的、というのは彼の公的には最初で最後の勅命に関連している。
紅龍雅が出した最初で最後の勅命、それは『遷都』であった。






「遷都、と申されますか!?」
帝都コクトゥにそびえるノエル…いや、ルオゥム家の居城ヒンジュルディン城の円卓の間。
集まった諸侯は一様に驚きを隠せず、グルジア殿は思わず席を立ち上がる程狼狽していた。
「その通りだ。これはノエルも了承済みではある。」
俺の右側の椅子に深く腰かけるノエルは微笑みかけ、ゆったりとした仕草で頷いた。
私に気を使う必要はない、と目が言っているが、昨日までの君主を無視するというのは、俺にも、そして彼らにもバツが悪いものである。
遷都に未だ納得を見せない諸侯らに、俺は遷都の必要性を説いた。
防衛に向かないこと。
他の都市とも離れすぎているため、補給や交易にも支障を来たすこと。
またこの戦を乗り切るためにも、セラエノと連携を取りやすくしたいこと。
「はっきり言えば、この地は決戦の地にあらず。地理的にも、帝都の防衛機能の低さから見ても、すべて敵に有利に働く。まぁ、万が一…、この地で戦闘が始まっても良いようにそれなりの準備を命じてはおくが、遷都でもせん限り生き残ることが出来ないということだけは覚えておいてほしい。という訳だ、グルジア殿。」
「は…はっ!」
グルジア殿が姿勢を正す。
呼ばれるはずがないと思っていたのか気を抜いていたようだったが、さすが謀叛を起こしてでも帝国を救おうとした気骨の士と言おうか。
一瞬で気合の入った良い顔になる。
「グルジア殿以下此度謀反人として汚名を被りし諸侯諸君に命じる。おことらが中心となりて次なる都に相応しき地を割り出し、明朝の軍議までに構想を練り上げよ。おことらが被りし汚名をこれにて晴らせ。恥じることなく、大胆に模索せよ。おことらは先帝ノエルと袂を分かってでも帝国を守らんとした、まさに士と呼ぶに相応しき者たちぞ。」
「…………!!」
グルジア殿が息を飲む。
「紅帝陛下…!必ずや…、必ずやご期待にお応え致します!!」
肩を震わせながら、彼は深々と礼をしたままの姿勢で動かない。
おそらく、表情は見えないが泣いているのだろう。
「ではこの件はグルジア殿以下の諸侯たちに任せる。各々方、異論があるのなら今の内に言っておけ。」
異論はなし。
すべての諸侯は無言で承認した。
それが諦めや傍観からの無言でないことは肌で感じることが出来る。
ノエルの方を覗き見ると、彼女は微笑んで「お見事」と唇を動かす。

コンコン……

「失礼します。」
扉をノックして、入ってきたのはアルフォンスだった。
鎧を脱ぎ、ゆったりとしたサリーなる着物を身に纏い、穏やかな表情を浮かべるアルフォンスに俺は心から安堵していた。
柄にもなく緊張していたらしい。
アルフォンスの顔を見れただけで、俺はホッとしていた。
「紅帝陛下、ご報告致します。」
いつものように龍雅と呼んでほしいと言ったのだが、アルフォンスは頑なだった。
『ケジメがありますから。』
そう言って、人前では俺のことを紅帝陛下と呼ぶのだ。
そのことを思い出すと、ついつい頬が緩む。
「報告とは?」
「殿(しんがり)の200名の兵。一兵も損なうことなく無事ヒンジュルディン城へ
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