それは熊と呼ぶにはあまりに大きく、
それは熊と呼ぶにはあまりに大雑把すぎる身体をしていた。
1tという超規格外のヒグマは馬鹿馬鹿しくなる程大きく、分厚い毛皮と脂肪の奥に秘めたパワーも、体重同様に規格外であることを臭わせる芳醇な雄度は対じするだけで十分に伝わってくる。
それだけで十分だというのに、超規格外のヒグマは縄張りを荒らされて興奮し、自分の縄張りの中央で呑気に肉を焼く血生臭い侵入者に、野生動物特有の純粋な怒りを露わに巨木を一撃で圧し折って、自らの力を示して侵入者を生きて帰さないことを言葉ではなく雰囲気で告げた。
二足で立ち上がると、およそ3m。
太い首。
太い足。
太い胴。
最悪、吐く息ですら太そうだ。
湿度の高い渓流のせいなのか、全身の毛皮を覆う苔で青く見えないこともない。
分厚く乾いた泥が太い前足を覆い、甲殻に見えないこともない。
名もない超規格外のヒグマは、以上の特徴から『アオアシラ』となった。
本物の人化したアオアシラの存在を忘れさせる程のカリスマ。
ジンオウガが渓流の狩人であるとすれば、このヒグマは渓流の暴君であろう。
「おいおい……、何でこんな化け物が渓流にいるんだ!?」
狼牙の嘆きは当然のことだろう。
暴君・アオアシラは荒く喉を鳴らす。
暴君は侵入者を許さない。
暴君は縄張りを荒らす者を許さない。
生れ落ちて十数年、それだけが暴君の誇りだった。
誇りを踏み躙った狼牙を、暴君は全力で屠ると決めたのだった。
「クマー!!」
「鳴いた!?意外に可愛い声だ!!!」
ちなみに熊とは『クマ』と鳴くから『熊』と名付けられたと言われている。
超規格外の大きさを誇るヒグマは、どこから出ているのかわからない可愛らしいハニーボイスで一鳴きすると、その鳴き声と正反対の剛の一撃を強靭な前足で繰り出した。
鈍い音がして地面が抉られ、狼牙の肉焼きセットが火の粉を撒き散らしながらバラバラになる。
「旦那さん!!」
土煙と肉焼きセットから立ち上る煙の中に消えた狼牙の名を、ガチャは叫んだ。
濛々と立ち上がる煙で視界が悪くなり、暴君は動きを止める。
暴君の放つ獣気に、ガチャも危険を告げるネコマタの本能に逆らえず動けない。
………ズン
暴君が一歩前に出る。
煙の向こうが見えない以上、確認したがるのは生物の性だ。
「閃っ!!!」
「…………!!!」
鉄刀が、まるで煙ごと暴君を断つように鋭く煌いた。
狼牙の抜き打ちに驚いた暴君は距離を取る。
そして超規格外の巨体を四つん這いに踏ん張ると、手傷を負わされた怒りを露わにする。
「旦那さん!!」
「喚くな、ガキが…。それにしても、あの手応えで両断出来ねえとは……。厄介だ……、あの脂肪と毛皮…。ただのヒグマがモンスター級になっちまうとは馬鹿馬鹿しくて笑えもしねえ。」
キンッ、と音を立て、狼牙は鉄刀をダラリと、やや下段気味に構える。
ジリジリと足の親指だけで距離を詰め、一人と一匹は互いに前に出るタイミングを計る。
一人と一匹の間に、赤い落ち葉が舞う。
ゆらり、ふわりと舞う落ち葉は右へ左へ行ったり来たり。
風に煽られて急速に地面に落下した瞬間だった。
ダンッ……
「殺す。」
力強く狼牙が左足で地面を蹴って、一気に間合いを詰め、太刀を大きく振り被る。
グボッ……
「クマーッ!!」
地面を抉って、四足の獣独特の姿勢で暴君が弾丸のように突進する。
自分の身体の強靭さを理解しているかのように最も攻撃的で、最も効果的な突進で砕けぬものはないと吼えるように、超重量の巨体が唸りを上げて、突進する。
今、渓流のとあるエリアで、人間とヒグマ。
超雄同士の存在とプライドを賭けた戦いが始まる。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
宙を舞っている。
身体には衝撃。
ただ、目を白黒させて何が起こったのかわからない俺がいる。
ドシャァッ……
「ぐあぁぁぁ!!!」
地面に叩き付けられて、バウンドする身体。
凄まじいスピードで後ろに飛ばされ、自力で止まることも出来ずに俺は頭を地面に打ち付け、腹を打ち付けながら二度大きく跳ね上がって転がっていく。
ドンッ
「グフッ!?」
木に背中を叩き付けられて、やっと止まった。
背中を正面から打ち付けたことで、背骨が軋み、肺と腹から空気が一気に漏れる。
ズルズルと地面に落ちていく俺が目にしたのは、肩口から血を流しているヒグマ。
やつの足下には俺の太刀が転がっている。
……ああ、そうか。
俺の斬り込みでは、やつの突進を止められなかったのか…。
動けるか…、いや……無理か…。
背骨をやられた。
折れちゃいないが……、身体が痺れて言うことを聞かない。
回復する頃には俺はやつにとどめを刺されているだろう。
こんなところで……。
俺は…………。
俺はやっぱり………
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